倉淵の続き
小栗上野介と言っても、忠臣蔵の吉良上野介の親戚かと思われる人もあるかと思いますが
彼と吉良とは関係がありません。
司馬遼太郎をして「明治の父」と言わせた隠れた明治の偉人と言えるでしょう。
その小栗上野介忠順の墓が倉淵にある!
今回の倉淵訪問は、彼の墓所を訪ねるのも目的の一つでした。
明治時代にロシアのバルチック艦隊を破った東郷平八郎は、戦いののち彼が居なかったら
日本は勝てなかったとして彼の遺族に感謝状を贈っている。
明治の後年になって彼の業績が見直されました。
小栗が海軍奉行の時に「横須賀造船所」を作った。
熱心に造船所を作る小栗に「どうせ敗れる幕府のためにこんな立派な造船所を作る必要があるか」と言われた時に
小栗は「幕府は敗れても日本は残る」という有名な言葉を残している。
彼は、日本とアメリカの日米修好通商条約の批准書を届けた幕府の派遣団の目付として渡米して世界一周している。
彼は、世界の中の日本ということを意識していたようだ。
(明治の偉人としてはNHKの大河ドラマ「竜馬が行く」で出てくる勝海舟の方が有名ですが
勝海舟は、アメリカに到着後そのまま日本に帰っている。
小栗らはアメリカの各地で大歓迎を受けながら、アメリカからヨーロッパに回り、世界一周の後に帰国している。)
小栗らは、唯、物見遊山で回ったのではなく、つぶさに西洋の進んだ文明を取り入れるために熱心にメモして回った。
その様子が載っている現地の新聞などが東善寺に展示されている。
東善寺境内にある小栗上野介忠順の墓
東善寺の裏山を大分登ったところに本墓がある。
墓の周りには、家臣などの墓も一緒に祀られている。
彼の墓に至る道は遊歩道があり、石仏がところどころで迎えてくれる。
境内には遺品館がある。本堂には彼の業績を伝える展示物がある。内容に比べて入館料100円は安く感じた。
和尚さんが、熱心に説明してくれる。
寺の入り口には彼の事を書いた本の数々も陳列販売されている。
図書館で佐藤雅美の「覚悟の人」を読んだが凄く詳しく書かれていてお勧めです。

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