裁判員制度は文明国の裁判制度?


この掲示板に投稿された内容を、メールで受け取ることができます。
メールリスト登録・削除は こちら
戻る
お名前:
メールアドレス:
(半角英数字使用)
Home Page URL:
(半角英数字使用)
(Home Page URLは省略可)
タイトル:
返信投稿の時は元の投稿番号を半角数字で記入(タイトルは不要) RES
コメント:

 
新着順に表示されます。新着順に最大100件まで保存されます。
07/03/16(金)21:37:24 投稿者[うさぎ]
【No.11】 タイトル[あらたな依存症の蔓延]
ささきさんへ
ホームレスがエライというわけではないが
裁判官より人生経験があるのではないかな
官舎と裁判所を毎日往復し、庶民の遊び場へはめったに出かけない裁判官の人生体験は、せいぜい本から得た疑似体験か毎日接する検査官が書いた駄文ばかり。
そのてんホームレスは、実体験が豊富。
何も知らないエライ裁判官が難しい言葉で下す判決よりも、ホームレスが下すべらんめい口調の判決の方が
犯罪者にとっては多分納得がいくのではないか。
そして反省するかも。
裁判の目的は社会の安寧と再犯の防止。
その目的には一般人の裁判参加は合理的なものと考えられる。
しかしながら、世界でも特異な日本式の裁判員制度では、裁判官が協議に参加するために、裁判官の主張に引きずられるというより、裁判員が思考停止というか裁判官おまかせ状態になり、裁判官の結論に賛同して終わり。
日当もらって終わりということになるのではないか。
そんてんホームレスは簡単に裁判官に賛同しない。
その点では裁判官よりエライかも。

07/03/16(金)12:09:33 投稿者[佐々木真一郎]
【No.10】 タイトル[ホームレスは裁判官よりエライ?]
うさぎさんへ
ホームレスの方が裁判官よりエライとは思えませんが

07/03/15(木)21:22:36 投稿者[うさぎ]
【No.9】 タイトル[裁判官は権利的にはホームレス以下の]
裁判官は権利的にはホームレス以下の存在である。
民主主義というのは、裁判官を権利的にはホームレス以下の存在としているのである。
このことを理解できる人は少ない
専門性に重きを置くのであれば、議会など必要ない。
裁判とは権力の最たるものである。
民主主義とは、王権と専門家とのくびきから解放するものである
民主主義は裁判を専門家から民衆の手に取り戻した。
日本ではまだ、民主化が理解されていない。




05/02/12(土)20:39:39 投稿者[内藤 克人]
【No.8】 タイトル[くりかえしますが裁判員制度絶対反対]
「人が人を裁く」裁判という制度には際立って高い専門性が要求されると思います。
法の解釈には客観的な論理性と、立法の趣旨を理解する高度な洞察力が要求されます。
判決の公平をきすためには、膨大な判例に当たり、精通する必要もあるでしょう。
司法試験が極めて高いハードルであることは高い専門性に由来していると思います。
それは医師とまったく同様と考えます。
裁判員制度はその高度な専門領域に「素人」を参加させようというものです。
「開かれた司法」という意見は理解できます。しかし、それが裁判への素人の参加に繋がるのでしょうか?
例えば医療過誤が問題になっています。だからといって「素人」を手術に参加させることができますか?
飛行機や電車の操縦を素人にまかせられますか?裁判もまったく同じと考えます。
「市民参加」の美名のもと何でもかんでも素人が口をはさみ、
専門性が軽視される世の中に強い疑問と不安を覚えます。
さらに、裁判員はよほどの理由がなければ拒否できない「強制」であるとのこと。
極端とは思いますが「21世紀の赤紙」との評価にも同感してしまいます。
「赤紙」といえばベトナム戦争で「良心的兵役拒否」というのがありました。
裁判員制度が実施され、私がクジに当たってしまったら私も信念と良心に従い、
そのための代償はいとわない覚悟でいます。

05/01/31(月)23:14:02 投稿者[うさぎ]
【No.7】 タイトル[私知を禁ず]
今日のテレビドラマで「私知を禁ず」という言葉が出てきた。
裁判官は公平公正な裁判をするために
裁判書面以外のものをインプットして(つまり自分で色々調べて)判断してはいけないと言う事らしい。
なるほど、裁判書類だけで判断した形をとった方が公正らしさが保てる。
日本の裁判は長らくそのような形式的な裁判でよしとして来たことを象徴している言葉のような気がする。
文明国諸国の裁判では最初から、裁判官に公平、公正を求めていない。
そのかわり、陪審員制度を持つことによって、私知を奨励し、素人の判断に任せることによって、結果としての公平、公正を実現しようとしているのである。
今度、日本で導入される裁判員制度は陪審員制度と違って裁判官が協議に入る事によって一見公正さが高まるように見えるが
本当は、裁判官が今までどおり主導権を握ることが可能な制度になっている。
つまり、形だけ「私知」を入れたように見せるために、裁判員制度を利用するように見える。
最終的には、やっぱり負担だけ多くて、効果はないと言うことで裁判員制度までも廃止に追い込み今までどおりの裁判制度を復活させる陰謀のような気がする。

05/01/08(土)01:44:59 投稿者[うさぎ]
【No.6】 タイトル[麻原再審]
決定での死刑確定ためらう 松本被告、公判は来年以降

 東京高裁(須田賢裁判長)は7日、オウム真理教松本智津夫被告(49)=教祖名麻原彰晃=の弁護側控訴趣意書の提出期限を、今月11日から8月末まで延長すると弁護団に通知した書面の中で「(期限までに)提出できなければ控訴棄却の決定で死刑判決を確定させることなるが、それは事件の重大性からためらいを覚えざるを得ない」と理由を詳しく説明した。
 高裁が控訴趣意書期限の延長の理由を詳細に示すのは極めて異例。公判開始は早くても来年以降になる見通し。
 須田裁判長は、弁護団が当初松本被告と意思疎通できないことを理由に趣意書提出を拒んだことについて「被告が弁護団と意思疎通を図る見込みはもともと極めて低く、意思疎通できなくても趣意書提出は可能。これを理由に延長を考慮する余地はない」と指摘した。
(共同通信) - 1月7日19時24分更新
//
ご親切なことに、再審期限を延ばすんだって。
よっぽど高裁というところは暇なのかな
期間限定の商品を「ご好評により販売期間延長します」とかで営業しているいんちき会社と同じだな
期限は期限きちんと守らなくては

1審で、何億円も掛けて審議したのにまだ足りないのかな
1審が信用できないのなら
1審も抜かして、高裁も抜かして
最初から最高裁でやればよいのではないだろうか。
こんな、親切な裁判官の頭はどうなっているの。
国民の利益になっているのかどうか。
単なる趣味でやっているのでは
陪審員制度ならば、有罪かどうかは市民が判断する。
裁判官はその決定に従うのが決まり。

勝手に、期限延長などされては困るのである。
まさにやりたい放題
裁判員制度では、こんな趣味的な裁判官が協議に加わり
リードする。
実質、裁判官の思い通り。
裁判員の「すりより、おべっか使い」で趣味的裁判官の判断に引ki
ずられることになる。

04/11/21(日)16:46:40 投稿者[うさぎ]
【No.5】 タイトル[検察官の公選制度の導入]
文明国では、裁判への民意の反映だけでなく
裁判のベースとなる起訴するかしないかに民意を反映する制度をもっています。
すなわち、検察官の公選制です。
起訴した内容または起訴しなかった内容で
選挙で、継続できるかどうかが決まる。
日本には検察審査会という制度があるが
十分機能していません。
裁判官審査制度についても
一生に一回程度です。
日本はまだまだ司法制度では文明国には程遠いと思います。
裁判員制度程度の民意参加にごまかされてはなりません。

04/11/09(火)06:42:16 投稿者[うさぎ]
【No.4】 タイトル[暴走族]
11月から暴走族の取締りが強化された。
今までは、迷惑行為を受けた人を探してきて裁判所で証言してもらわないと有罪に出来なかった。
今度の法律改正では警察官の現認で有罪に出来る。
この法律が出来るまで10年以上かかっている。
法治国家といいながら、実際は無法国家である。
法律を悪用して犯罪者がのうのうと跋扈している。
これは、裁判官と弁護士が民意の外で法律論だけで裁いているからである。
そこに民意を反映させる必要がある。
そのためには、裁判官と協議して決める裁判員制度では裁判官の意見のほうが通りやすく民意が反映しない。
やはり、民だけで有罪か無罪かを判定できる陪審員制度のほうが優れている。
世界の多数の国で採用されている陪審員制度を導入しないで日本独自の裁判員制度にした真の意図を見抜く必要があるのである。
裁判員制度では民の負担だけかかって民意が反映しない。
やがて、負担が多く効果がないという結論になって
結局プロに任せれば良いということになることを狙った制度のように思えるのだが。


04/10/19(火)08:16:43 投稿者[うさぎ]
【No.3】 タイトル[裁判官の思うがママがまま]
裁判への市民参加は多くの文明国の中で取り入れられているが
大部分は、陪審員制度である。
有罪かどうかは市民が決めて、量刑は専門の裁判官が決める方式である。
日本の裁判員制度は、裁判官と市民が協議して有罪かどうか、量刑の内容まで決める方式である。
一見市民参加の範囲が広いようであるが、実際は裁判官が協議に加わることで全てが裁判官主導で進められ市民が参加する余地は殆ど無いと思われる。
問題は、巧妙に民主主義が否定されているところにある。
裁判を料理にたとえると不謹慎だといわれそうだが
料理に例えると
今まで、裁判官といういう料理人が居て、専門性に基づいて、一番体に良いと裁判官が考えた料理を市民は食べさせられていた。
裁判官という料理人が作る料理がうまい場合もあるし不味い場合もあるのでもっと主人である市民が「食べたいものを食わせろ」と言い出した。
そこで、料理人である裁判官が言い出した。
「私の料理に不満足ならば、一緒に料理を作りましょう」
主人である市民は別に一緒に料理を作りたい訳ではない。
ただ、時々喰いたいものを指定したいだけなのだが、ウエターである弁護士も一緒になって裁判官の肩を持ったので
裁判官の言い分が通って、一緒に料理作りに参加する事になった。
これが、裁判員制度です。
何か、違っていると思いませんか。
外国の陪審員制度は、料理のメニューと材料を見て、良いか悪いか判断するだけで良い制度になっている。
裁判員制度を作った連中の考えに、俺たちが苦労して作っているのに文句を言うな、一緒になんか作れるはずかが無いし、そのうち疲労(くたびれ)で放り出すに決まっている。
レシピを外部に漏らしては困るという理由で罰則までつけて次々おきる運営上の問題点に封をしてしまうことも考えられている。

結局は「官僚主義」というか「官主導」の考え方が残っていて、どうしたら裁判官などの法律専門家の自分たちに都合の良い制度に出来るかを一生懸命考えた結果のような気がする。
もっと市民参加が簡単に出来る陪審員制度に戻す必要があるのではないか。

04/03/03(水)11:36:30 投稿者[内藤克人]
【No.2】 タイトル[裁判員制度絶対反対]
私は裁判員制度に強く反対するものです。「もちは餅屋」という言葉があります。
「市民参加」だといって飛行機や電車の操縦をまったくの素人に任せることができますか?
司法も同じです。「人が人を裁く」極めて重い裁判という制度は高い専門性に基づいたものでなければなりません。
そこに素人が介入することは絶対に許されないと考えます。
さらに問題なのは裁判員候補者はよほどの理由がないかぎり辞退できないことです。
某新聞の投稿記事あるとおり裁判員制度は「21世紀の赤紙」に等しいものです。
くりかえしますが、私は裁判員制度に絶対反対です。素人が人を裁く恐怖、しかもそれが強制されて行われる不条理に強い怒りと困惑を覚えます。

全11件が記録されています。 1ページに 10件ずつ表示されます
EasyBBS Ver2.0