オヤジい復権800人集合/名古屋で来月

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読売新聞 2000.12.21 中部朝刊 31頁 
 
 父親の権威復活を願い、約八百人の“おやじ”が来年一月二十七日、名古屋に大集合する。愛知県教委が呼び掛けた「夢を語るおやじサミットinあいち」で、会場のウィルあいち(東区)では、父親として何をなすべきかを自由に意見交換する。家庭のことは母親に任せきりの父親が多く、母親による児童虐待の要因ともいわれているだけに、県教委はかつての存在感のある“頑固おやじ”の復活を期待している。

 ◆名古屋で来月27日

 同県教委では、学校のPTA役員もほとんどが母親で、催しを開いても、母親ばかりの参加となるため、「何とか父親を引っ張り出そう」と初めて企画。学校や市町村の広報紙を通じ参加を募ったところ、ほぼ会場定員いっぱいの応募があった。八百人もの父親が集まり、子育てを論議するのは、全国的にも珍しいという。

 当日は、高校生とその親から公募した「日ごろ言えない一言作品」のメッセージをスライドで上映。夫婦で活動するフォーク・デュオ「ダ・カーポ」によるトークショーを挟んで、大学教授らによるパネルディスカッション「今、父親として何ができるか」が行われる。ディスカッションでは、会場を埋めた父親にも自由に発言してもらう。

 県教委生涯学習課の加古博主幹は「家庭や地域で父親の存在感が薄れ、母親に子育てを任せきりにすることで、悩みを母親が抱え込んでしまう。父親が復権し、家族で子育てや夢を話し合える家庭を目指してもらえれば」と語っている。

 どんな役割果たすか問題

 「父性の復権」の著者の林道義・東京女子大教授(深層心理学)は「こうした催しを教育委員会が開くのは大きな進歩だが、問題は、父親がどういう役割を果たすかに関心を向けるかだ。ただ単に保育を手伝うのではなく、父親には子供の精神を鍛え、ルールを教え、さらには人格のあり方にも影響を与える役割が期待されている」と話している。

ここで言っている「オヤジい復権」と言う言葉がどのような意味で使われているのか分からないが
今まで、家庭のなかで父親不在が続いて来た。
先の戦争で男が長い間家庭に居なかった。
戦争に負けた男達は自身を失って、家庭あっても弱い男を演じてきた。
男親が居ても、オヤジは居なくなってしまった。
仕事を理由に子育てをサボり親父を演ずることを放棄してしまった。
物分りの良い父親になりきってしまった。
子供に対して理不尽なものを与えることを止めてしまった。
女性が家庭の中にあって、父親の役割も果たしてきた。
女性がオヤジの役割を演ずるのは自ずから限界がある。
「寒さ」とか「ひもじさ」とか「理不尽なも」のを与えられなかった子供たちは
昨今の少年事件を見ると、自分でそれを作り出そうとしているような気がする。
固いものを食べないと歯が正常に発達しないように
心も困難を与えないと、ひ弱なものになってしまう。
父親が単に物理的に800人集まる事に意義があるのではなくて
如何に、「オヤジい」の必要性を認識することが求められているのではないか。
今は、集会の段階だが、集会という形ではなくて、これから父親になる若者に対して昔の「若者宿」的な集団生活を通じた「男」なるものを取り戻す機会をどうやって作り出していくかが課題であろう。
他の国々では徴兵制で「若者」を鍛えている。
徴兵制で、一定期間若者を集団生活させることで国民的な規範作りが行われている。
今回の教育改革国民会議で論議された、奉仕活動の義務化が内閣法制局で「苦役」の強制に当たり、憲法違反であるとされたと報道されているが、やはり一定期間「苦役」をすることが人間の成長にとっては必要なことではないだろうか。
そのような健全な成長の為に必要なものを「復権」させるのはまだまだハードルが高いようである。
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