いつまで続く教育費PTA負担/松江

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PTA会費流用問題 保護者負担軽減申し入れ オンブズが松江市教育長に=島根

2001.12.22 読売新聞 大阪朝刊 27頁 (全493字) 


 ◆学校運営費と分離など

 松江市の中学校でPTA会費などが学校運営費用に流用された上、図書館や給食を管理する事務員を保護者負担で雇っていることが明らかになった問題で、市民団体「オンブズ・しまね」(渡部美津子代表)は二十一日、山本弘正・市教育長に保護者負担の軽減などを求める申し入れ書を提出した。

 いずれも、オンブズ・しまねの情報公開請求で判明した。公開された公文書によると、PTAや教育後援会など民間の会費の78・5%が中学校の消耗品費などに使用され、給食管理費や副教材費など会費と別の保護者負担金で、本来は教諭が担当しなければならない図書館や給食の事務員を八校のうち六校が計十人雇っていた。

 渡部代表は「PTA会費は学校運営には使わず、保護者負担は子供に直接還元されるものだけにすべき。残りはすべて公費で手当てするのが筋」と指摘。申し入れ書では▽学校運営費とPTAなどの会計を明確に分離する▽学校運営費のうち、公費負担と保護者負担を区分する▽学校財務の運用マニュアルを作成し、徹底する――などを求めた。

 これに対し、山本教育長は「学校やPTAとよく話して実態を調査したい」と述べるにとどまった。


PTA会費流用問題 いつまで「金ない」理由に(解説)=島根

2001.12.22 読売新聞 大阪朝刊 27頁 (全574字) 


 松江市の中学校で発覚したPTA会費などの流用問題の背景には、財政的にも人的にも行政の手当てが不十分で、保護者負担に頼らなければ運営が成り立たないという現実がある。

 今年度の同市の予算のうち、授業用の消耗品費を支出する「教育振興費」は八校の合計で一億四千百四十二万円。一校平均は千七百六十万円余りになるが、部活動の遠征費や大型楽器の購入費、授業の参考に児童に配るプリントの用紙代など様々な支出があり、年度末を待たずに全額を使い切ることはあっても、余ることは無いという。ある校長は「公費の予算のみでやろうと思えば、教育の質が落ちてしまう」と嘆く。

 教諭の定数も減り、同市では一九九五年に二百三十三人いた中学教諭が、今年度は二百十八人。生徒数も減ってはいるが、教育を取り巻く環境は複雑になる一方で、授業の空き時間には生徒指導や研修、放課後には部活動や自身の勉強などに追われる。図書館や給食の事務を担当する教諭だけに、負担を強いることはできないのが実情だ。

 PTAの関係者は「学校のことは市で予算的な手当てをして欲しいが、やってもらえない」とこぼす。市教委は「緊縮財政の中で、教育予算はこれが精いっぱい」と言う。子供たちに満足な教育環境を提供したいと親が思うのは当然だ。しかし、その実現を、保護者負担という〈もたれあい〉にいつまでも頼ってはならない。        (竹上 史朗)


【ひとこと】
教育費の公費負担の原則が言われて久しい。
各地で条例なども整備されているが、実態は余り変わらない。
本来オンブズマンを応援する立場にたつかと思われるPTAもどちらかと言うと、学校側になってしまうのが現状なのではないだろうか。
支出のどこまでを公費で負担し、どこから受益者負担にするかの基準が明確でないところに問題がありそうである。
学校図書館の司書も専門の人を雇うことが決められているが、多くの学校では教員が兼務で片手間でやっていることが多い。
議会を通じて何をやるか、何をやらないかを明確にする作業は全然やられないで、現場だけの判断で金を集めやすいところから集めるという前近代的な動きに終始してしまっているところに原因があるような気がする。
PTAはアメリカ占領軍によって日本民主化の道具して設立されたが、その設立目的からはるか遠いところにあるのが現状で、日本的なあなあ主義の中に埋没しているようである。
来年度からの教育改革に伴い、平等主義に代わって教育の分野にも受益者負担の原則が入ってくる。

その目的の中に教育費の公費負担の軽減があることは明らかである。
親の方も、無理やり入らせられた部活の遠征費などの負担はしなくても良くなる。
言わば、教育費の合理化と個人主義化が行われる。

部活も原則任意になり、指導者も教員以外になってくるようである。
受益者負担の原則から言えば、部活に参加する子供の親が部活指導者の給与(お礼)などを負担することになる。
教育の質の確保と言うと従来の方法を踏襲する事ばかりになりがちであるが、学校が行うものと、地域が行うものと、親の責任で行う家庭教育とを明確に分けて考える必要があるだろう。

現在の経済状態から言うと、公費で賄える教育費は限界がある。
あとは個人負担で行うのか、はたまた、地域教育の受け皿を立ち上げるのか。
親の選択に掛かってくるところが多い。
今ごろになってもまだ、そうなることを理解していない人々が居る。
例によって、教育改革の中で充分論議すべき問題が実施段階になってもたつく事になるのでしょう。
こんなはずではなかったと言う意見が噴出するのが目に見えるようである。


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