朝鮮学校が肖像撤去

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学校から総書記の肖像撤去  朝鮮総連が大規模改革

2002.09.07 共同通信 (全571字) 


 在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)傘下の各地の朝鮮学校の教室に掲げられていた朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の故金日成主席と金正日総書記の肖像画が今月中旬にも撤去され、朝鮮学校での政治教育も大幅に縮小されることが七日、分かった。
 八月中旬に朝鮮総連幹部が金正日総書記の指示を受けた上での措置。その他にも朝鮮総連内部の政治組織解体や、在日朝鮮人の韓国訪問促進など、在日コリアンの「総連離れ」を防ぐ大規模な改革内容となっている。
 関係者によると、肖像画を撤去するのは日本の小中学校に当たる朝鮮初中級学校。朝鮮学校では朝鮮籍の在日コリアン減少に伴い韓国籍、日本籍の児童、生徒の割合が増えている。韓国・朝鮮語を子供に学ばせたいという意向は在日コリアンの父母に根強いが、朝鮮学校の政治色が入学の壁となっていた。
 高校や大学に当たる学校では「子供に学校選択の自由がある」(朝鮮総連関係者)として、肖像画は掲げたままにする。
 政治組織の解体は、朝鮮総連内部の指揮系統の一元化を図るため。また韓国との関係強化の一環として、千人を超える規模の在日朝鮮人が釜山アジア大会に応援団として参加する見込みになっている。
 関係者によると朝鮮総連の改革を求める北朝鮮の指示は一九九九年に出されていたが、一部に反発があり難航。今回、再度、強力な指示が出たという。


一言
昨日(10月20日)の産経に、北朝鮮に拉致された人たちの故郷での様子を伝えている記事と並んで、上記の記事と同趣旨の記事が出ていた。
たしか前にも見たことがあったと思って探してみたら既に9月7日の段階で一部新聞が報道していることがわかったので本欄でも取り上げることにした。
同じ産経の10月21日の記事によると、昨年の1月には、森前首相との間で、拉致被害者の帰国はあるていど約束されていたという事が最近判明したということが載っている。
森首相から小泉首相への政権交代で一時中断していたがやっと政治日程に上がったというべきか。
なんと政治とは時間がかかるものなのか。

時間がかかるといえば、この肖像画を外すという方針も、1999年に指示が出てから大分時間が経っている。
このことを合わせて考えると、1999年に北朝鮮内部で大幅な方向転換があったと判断すると今回の拉致問題の対応が分かってくる。
朝鮮学校のあり方が問われて久しい。
その間、高校野球への参加など日本社会の受け入れも韓国の太陽政策よろしく一方的な日本側のすりよりで行われてきた。
その間、民族主義教育という美名に隠れて反日教育が行われた来た。
今回、肖像の撤去を行い、一定の方針転換を行ったと言え、同じ教師が教育を行っている。
戦後、日本の教育界でも軍国主義教育を排除する事になり。
一部の教師は鉄拳制裁を生徒から受ける場面もあったようだ。
朝鮮学校においても日本の戦後特攻くずれが生きる目標を失って荒れたように
在日朝鮮人社会においてもそれなりの動揺や変動が起きるのではないだろうか。

一寸考えると、戦前の日本や朝鮮などの学校で掲げられていた、御真影よろしく首領様の肖像に礼拝していたのだろうか。
だれでも、支配に反発すると同時に、何かに所属し支配される事に安心する心理がある。
これらの心理を巧みに利用してきたのではないだろうか。

教育もやり方によっては人を支配する道具となる。
民族主義教育という美名の下に変な教育が行われて来た事について
教育関係者は反省する必要があるのではないだろうか。

日本の国の中で行われる以上、日本の教育基本法を遵守させる必要があるのではないだろうか。
少年期における間違った政治教育や刷り込みは、当の子供の人権を無視しているのではないだろうか。
そのような意味において今回の肖像の撤去が行われた事には一定の評価をしたいが
今後の動きを注目したい。

(平成14年10月21日 金山 武)


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