PTA役員がタイムカプセル

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尼崎・武庫南小 卒業生160人/震災直後の自分から手紙/思い描いた「20歳の私」/元PTA役員、発送準備/「顧みる契機に」/(写真付き)【二阪】【広域B】

2002.10.25 神戸新聞社 朝刊 25頁 二阪 (全774字) 


 震災の年、尼崎市立武庫南小学校を巣立った卒業生の手元に間もなく、それぞれが八年後の「二十歳の私」あてに書いたはがきが届く。混乱の中で思い描いた将来の姿。はがきを大切に保管し、発送準備を進めてきた保護者らは「あのときの経験を思い出し、自分を見つめ直す契機にしてくれれば」との願いを込めている。(小森準平)

 震災で同校の在校生に犠牲者は出なかったが、二棟の校舎の一つが壊滅的な被害を受けた。仮設校舎が完成するまでは、残った校舎で一教室に二クラスが同居。また、五月ごろまで体育館は避難所となった。

 当時の六年生百六十人は、避難者の理解を得て卒業式は体育館で行うことができた。しかし、さまざまな制約の中で卒業までの約二カ月を過ごす様子に、保護者らが「何か思い出を残してやりたい」と提案。教諭らも協力し、卒業生全員が成人した自分にあてたメッセージを書き記した。

 当時、PTA役員だった中村利恵さん(47)が全員分のはがきを保存。来年一月、卒業生が成人式を迎えるのに合わせ、同じく役員だった池田友子さん(46)、渡辺順子さん(51)らとともに今春から卒業生の住所確認を進めてきた。十一月上旬に発送する予定で、はがきは成人式後に開く同窓会の招待状も兼ねている。

 はがきには「サッカー選手になりたい」など夢や希望が描かれている一方、「地震もあっていろいろたいへんだったね」などと当時の思いを素直につづったものも多い。同窓会では、卒業生らに内証で保存してきた学級新聞なども返される予定で、中村さんは「びっくりする子も多いのでは」と笑顔で話す。

 約二十人が転居などであて先不明のため、情報提供も呼び掛けている。問い合わせは中村さんTEL06・6438・6265(ファクス兼用) 


一言
よくテレビなどで、タイムカプセルを埋めた場所が分からず、そこいらじゅうを掘り起こすなどという場面を見ることがありますが、今回のケースはPTA役員がタイムカプセル代わりになって子供達のはがきを預かっていたものです。
 継承は、古事記ではないですが人から人へつながるもの。
やはり、一番確実なのは人なのではないでしょうか。
 子供達の同窓会だけでなく、PTAの同窓会も出来ると良いですね。

ところで、24年間北朝鮮に拉致されていた人たちが故郷に帰って来た。
彼らにとって、まさに24年間後の親しい人たちとの再開は逆の意味のタイムカプセルではないでしょうか。
 横田めぐみさんの子供と断定されたキム・ヘギョンさんへのインタビューのあり方が問題になっていますが。
15歳の子供を取材対象としたことや北朝鮮の意図をめぐってその是非が問われています。
北朝鮮などでの取材は、取材対象自体に、発言の自由や言論の自由はない訳で、結果的に独裁政府の宣伝の片棒を担ぐ結果になる事を知る必要があると思います。
メデアリテラシーの基本中の基本である報道の自由は言論の自由があって初めて成り立つ事を考えさせられる一画面でした。

 マスコミの一部も政府の一部も北朝鮮との関係において「交渉ありき」で進んでいます。
27日のサンデープロジェクトも北朝鮮が国家として麻薬取引を行っているとのスクープ映像を流しましたが、
一方で、田原総一郎氏の何がなんでも交渉から正常化へもっていこうという発言が目立ちました。

社民党の土井党首と民主党の菅副代表?が「まぬけ」といわれて怒ったとか言われていますが。
「まぬけ」といえば、長い間、北朝鮮の労働党と友党関係にあり、北朝鮮の事はまかせてなどと言ってきたが
今回の拉致問題については、事前に何の情報も与えられず、コケにされたことに抗議声明を出すでもなく
ホームページに何日も「拉致は存在しない」などと誤った情報を載せたままにするなど
まさに「まぬけ」そのもの。
日本の左翼の片思い現象というべきか、利用されるだけ利用されて用がなくなれば簡単に捨てられて
捨てられても未練たらしくまだ社会主義などを標榜している「まぬけ」さにはあいた口がふさがらないと言っておこう。

彼らに北朝鮮指導部に残された道は唯一つ、刑に服し、罪を償い、長い間国民を苦しめた事に謝罪することです。
日本のマスコミも政府も、人質を取って交渉を図る犯罪者に便宜を与えるような「まぬけ」は避けたほうが賢明であろう。
それこそ、何年かたってタイムカプセルをあけたときに物笑いの種にならにように気をつけたいものである。

(平成14年10月28日 金山 武)


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