中国40万人削除を非難

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中国、「南京」犠牲者数削除を非難

2003.02.12 産経新聞社 東京朝刊 7頁 国際面 (全181字) 


 中国外務省の章啓月報道官は十一日の定例記者会見で、日本の高校教科書「詳説日本史」(山川出版社)中の南京事件の犠牲者数四十万人という数字が削除されたことについて、「南京大虐殺は日本の軍国主義の中国侵略戦争下での最も野蛮な行為だ。事実は否定できず軽くすることもできない。(数字を削除するような)このような行為は徒労だ」と、強い非難の姿勢を示した。(北京 福島香織)


[社説]教科書誤記  執筆者の姿勢が安易すぎる

2003.02.16 読売新聞社 東京朝刊 3頁 (全965字) 


  教科書の記述に、ミスが相次いでいる。

  教科書出版大手の東京書籍が昨年春から使用されている中学地理の教科書を作り直し、再発行することを決めた。

  昨年二月、百十二万部を発行したが、その後、「日高山脈」を「日高山地」と誤記するなどのミスが相次いで見つかったためだ。誤記や改善が望ましい個所は百六十か所にのぼる。

  東京書籍は、中学公民の教科書でも、新潟県中里村の「雪国はつらつ条例」を「雪国はつらいよ条例」と誤記し、配布後に訂正している。

  誤った記述の教科書を使わせるのは、生徒や教師の教科書に対する信頼を失うことにつながりかねない。出版社は、再発防止の対策を徹底せねばならない。

  教科書検定制度は、執筆者独自の判断を記述に反映させ、多様性を確保することも目的としている。検定はできる限り抑制的であるべきだ。

  そのためには、編集側が、誤記誤植を徹底的になくし、根拠の明確な記述をすることが必要となる。

  文部科学省は、記述ミスを検定で見落としていた。単純な事実の誤りをチェックできなかった責任は、免れない。

  だが、検定申請された他社の社会科教科書にも、誤記誤植が多かった。

  編集側に、申請する教科書の記述に最終的な責任を負う気構えがあったかどうか、疑わしい。誤記誤植の“校閲”まで検定に期待する編集者のいることは、かねて指摘されていたことだ。

  問題となった二〇〇〇年度の中学教科書検定は、教科内容を三割削減した新学習指導要領導入を前提に実施された。三割削減に対応するため、理数系のチェックは厳しかったが、社会科系の検定は、近隣諸国とかかわる近現代史の記述には意見をつけないなど、緩やかだった。

  緩やかな検定は望ましい。だが、それが結果として、基本的な部分で、編集側に事実関係の確認をおろそかにさせたところがなかったか。

  今年四月から使われる山川出版社の高校日本史教科書も検定後、五百六十三か所もの訂正を文科省に申請した。その中で南京事件の犠牲者の数を「数万人〜四十万人」としていた個所を削除した。

  南京事件の犠牲者数には諸説あるが、四十万人は際立って多い。その記述は、歴史学者などの批判を受けた。だが、安直な削除は、どこまで自信があっての記述だったのか、疑問がある。

  かつての教科書検定では、旧文部省の「押しつけ」ばかりが問題にされた。問題を論じる視点の転換が必要だ。


【正論】東京大学教授 藤岡信勝 実証主義を放棄した歴史学の堕落

2003.02.26 産経新聞社 東京朝刊 15頁 オピニオン 写有 (全1802字) 


 ◆「四十万人」説の行方

 山川出版社の高校日本史教科書『詳説日本史』が、今年四月からの使用に先立ち、文部科学省に五百六十三カ所の自主訂正申請を行い認められた。特に注目されるのは、厳しい批判を浴びた「南京事件犠牲者四十万人」説が削除されたことだ。まず、事実の経過を整理しておこう。

 (1)『詳説日本史』の現行版では南京事件について、「このとき、日本軍は非戦闘員をふくむ多数の中国人を殺害し、敗戦後、東京裁判で大きな問題となった(南京事件)」と記述し、根拠が乏しく誇大に宣伝されてきた犠牲者数には触れていなかった。

 (2)ところが、昨年四月、文科省の検定に合格した改訂版では、「占領から1カ月余りの間、日本軍は南京市内で略奪・暴行をくり返したうえ、多数の中国人一般住民(婦女子をふくむ)および捕虜を殺害した(南京事件)。犠牲者数については、数万人−四十万人に及ぶ説がある。なお、外務省には、占領直後から南京の惨状が伝えられていた」(傍線は筆者)と書き換えられた。

 (3)それを今回の自主訂正では、右の二カ所の傍線部分について、前者を「南京陥落の前後、日本軍は市内外で」と変え、後者を「南京の状況は、外務省ルートを通じて、はやくから陸軍中央部にも伝わっていた」と変更した。

 53%のシェアをもつ『詳説日本史』が、「四十万人」説を取り下げたのは歓迎すべきことだが、訂正すればすむことではない。これを機会に、南京事件と歴史教科書の問題を改めて考えてみたい。

 ◆南京事件研究の進展

 改訂版『詳説日本史』の執筆者は、一体何を血迷って「四十万人」説などを教科書に書き込んだのだろうか。一次史料の示すところによれば、「占領から1カ月余りの間」に、南京市民の数は二十万から二十五万に増加している。二十万の市民に対し、どうして四十万の殺人を犯すことができるのか。現地で欧米人が南京市民の被害の状況を同時進行で克明に記録した「南京安全地帯の記録」にも、市民の大量虐殺などどこにも記録されていない。

 『詳説日本史』の現行版が検定を通過した平成九年から今日まで、南京事件の研究は大きな進展を見せた。平成九年に出版された東中野修道氏の『「南京虐殺」の徹底検証』は、英紙特派員ティンパーリが報道した「死者四万人、うち30%は非戦闘員」という数字が、その後数年間、現地の刊行物の再録記事のなかからことごとく削除されていたことを明らかにした。さらに、そのティンパーリは、中立的立場のジャーナリストと見なされていたが、実は中国国民党宣伝部に雇われたエージェントであったことが、平成十三年に出版された北村稔氏の『「南京事件」の探求』で証明された。

 こうして、今日では、兵士個人による個々の不祥事件は別として、日本軍による民間人の組織的な大量虐殺はなかったこと、誇大な犠牲者数は中国のプロパガンダであったことが明らかになっているのである。

 ◆伝統汚した若手歴史学者

 戦争にはプロパガンダがつきものだ。特に南京事件は、日本を悪逆非道な国として糾弾するための攻め道具として今日まで利用されてきた。歴史学者なら、こうした宣伝と史実とを、一次史料に照らして見分けなければならない。中国共産党の公式見解は「犠牲者三十万人」だが、これが政治的に「決定」された宣伝であることはよく知られてきたことである。

 ところが、山川出版社の編集部によれば、改訂版の執筆者はアメリカで行われたシンポジウムにおける一中国人の発言に基づき、「四十万人」説を教科書に書いたという。驚くべきことだ。歴史教科書研究家の上杉千年氏の卓抜なたとえを拝借すれば、こんな「説」を教科書に載せるのは「理科の教科書に〈月に兎がいるという説もある〉と紹介するようなもの」である。

 山川の『詳説日本史』は、東大系の歴史学者を中心的な執筆者とし、実証史学の立場を踏み外すことのない穏当な教科書として評価されてきた。今回の改訂では執筆者が世代交代した。若返りは学問の新しい動向を反映できるところに意味がある。ところが、改訂版の執筆者は、実証史学のイロハを放棄し、新しい研究の動向や成果をもまったく無視して、旧敵国のプロパガンダを吹聴する執筆姿勢に退化した。これは端的に歴史学の堕落である。山川教科書の伝統を汚(けが)した改訂版執筆者の社会的責任は今後とも追及されなければならない。

 (ふじおか のぶかつ)


一言、二言
中国が非難声明を出しているとの、2月12日付けの記事を見て調べてみた。
2月6日に産経が「高校教科書 南京犠牲「40万人」削除 「多数」表記、山川出版、563カ所訂正」と第1報を報じて5本の記事を出しているが、その他の新聞各紙は読売が社説で取り上げた他は、取り上げていない。
何時も中国の言うことは最優先で伝える「朝日」や「毎日」は今回はだんまりである。

都合の悪い事は新聞社によって、事実そのものの報道をネグレクトするということもあるようです。
これでは読者をミスリードすることになり社会の公器としての使命が果たせるのかどうか。

教科書も社会の公器であると思うが、こうもずさんな書き方であるとすると日本の将来も危ういのではないか。
教科書会社にとっては、アカデミックよりも商売をとる傾向がある。

従来の教科書採択は主に現場の教師にまかせっきりだったので、日教組の主張に沿った教科書が採用される傾向にあり、教科書会社も組合におもねる傾向があった。

本来の採択方法に変更した結果、山川出版の教科書は不採用となるケースが多くなった。
それで今回慌てて、一般の教科書並みの書き方に改めたのではないかと思う。
事実よりも商売に都合の良い風に教科書を書き換えるとは、なりふりかまわずというところか。

教科書出筆者も、好い加減になったものである。
日本の歴史学界がアカデミックでなく、政治が先行して、イデオロギー優先で、政治的に歪めてきた傾向がある。
昔、吉田茂という総理大臣が曲学阿世の徒と言った事があるが、まさに名言である。

昨年、「それでも地球は回っている」と言ったガリレオがその証明をしたイタリアの教会を見てきたが、やはり真実を追求するのが学問であり、学者の努めであろう。

真実でないものは、そのときの情勢によって変わるのである。
古事記や、日本書紀を捏造だと言う学者が居たが、最近事実に近いことが証明されつつある。
時によって、捏造を言う者が捏造者だったりする。
共産主義国家においては歴史の捏造が日常茶飯事として行われてきたのである。
日本の学者も、そのときの商売で歴史を捏造する輩が居るようである。
今回の事でそのことが少し明らかになったような気がする。


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