韓国高校生から800通の手紙

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【外信コラム】ソウルからヨボセヨ 800通の手紙

2004.12.30 産経新聞社 東京朝刊 6頁 国際2面 (全543字) 


 「新潟県中越地震の直後に韓国の高校生からたくさんの手紙が来たんですよ」。ソウルの日本大使館に勤務する韓国人スタッフが教えてくれた。「ヒミ、ネセヨ」(がんばってください)。便箋(びんせん)に二枚、三枚とつづったものも。主はソウルの私立明知高校一、二年生だった。

 新潟の地震は韓国でも大きく報じられた。四日後に助かった二歳男児の奇跡の生存も詳報され、復興の様子も韓国災害事情と比較しながら取り上げられていた。明知高ではいつもニュースのスクラップを教室にはっているそうだが、生徒たちの関心の高さを知った先生が「では日本に手紙を出したら」と呼びかけ、一、二年生から千二百通が集まったという。「男の子が助かったのが、とくに感動を呼んだようです」と朴鉉秀教諭は話した。

 手紙はうち八百通が在ソウル新潟県事務所を通じて新潟県庁へ送られた。五百五十通は韓国語、残りが日本語と英語だった。新潟県では目下、全部の手紙を日本語に翻訳中で、一月には被災地の高校に届けることにしているそうだ。

 ソウルの新潟県事務所には、いまも韓国企業や市民が義援金を寄せている。韓国の「ヨン様ファンクラブ」の女性たちも先日、義援金を持って事務所を訪れたそうだ。冬の被災地に、韓国の温かな善意が届くことを祈ろう。(久保田るり子) 


一言
皆さん、明けましておめでとうございます。
今年の最初の話題は昨年の暮れにちょっと気になっていた事を取り上げたいと思います。
韓国の明知(ミョンチ)高校はで韓国バスケット優勝チームなどで有名で、日本でも兵庫県や秋田県など各地で交流試合などを行っている。
スポーツ交流がよい結果をもたらしている。
800通というとバスケット関係者だけではなく一般の生徒もにも友好の輪が広がっていると考えられる。

政治の世界では、朝鮮が日本国の一地方だった時代に遡って協力者を調査糾弾する法律を作ろうという動きが問題になっている。
韓国の元大統領金大中は韓国政府に拉致されたときに、日本国民の抗議の声で死刑を免れておきながら、いわば命の恩人たる日本に対して忘恩の行動をとり続けているように。
現在の左翼北朝鮮寄りの政府は、日本の経済援助(実質的な賠償)で韓国経済の復興があった事を評価せず、逆にそれを糾弾する行動に出ている。
しかし、最近のヨンさまブームに見るように左翼北朝鮮寄りの韓国政府の反日宣伝にもかかわらず、日韓の実質友好が進んでいる。
日韓の友好が大衆化して来ている事は喜ばしいことである。

一方、日本PTA全国協議会は中国との間で「日中友好少年少女の翼」という行事を毎年行っている。
(大分前に、私の息子も参加させていただいたが。その後、参加した日本のメンバーとの交流はあったが中国との交流はなかったようである。食事も会わなくて帰ってきてから下痢と頭痛に悩まされた。医師に聞いた話であるが、結構中国訪問後に同じような症状になることがあるらしい、昨年の訪問ではホテルでの盗難騒ぎもあったようである)

中国の交流相手先は、北京師範大学第二付属中学校となっているが数時間の交流ではどうなのか。
師範学校というのは、中国共産党の宣伝機関の尖兵で反日教育の牙城である。
中学生と言えども、政治教育が徹底していて、いわば共産党幹部の子弟しか入学できない学校のようである。
そのような相手先と数時間の交流の時間を持っても友好が浸透するのかどうか。

もう、始めて十年以上になるが日本から訪問するだけで、相互訪問にまでは発展していない。
そうろそろ交流のあり方を見直す必要があるとの声があるのだが。

(平成17年1月9日 金山 武)


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