台湾の日の丸

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台湾有情 廟に響く君が代

産経新聞 (2007/05/11 07:53)


 台湾南部の台南の郊外に、終戦前年の空中戦で米軍機に撃墜された日本海軍の零戦パイロット、杉浦茂峰少尉を祭る廟がある。「鎮安堂 飛虎将軍廟」。杉浦少尉は、集落への墜落を避けようと機体を引き起こして、間一髪でその惨事を回避したものの、自身は機銃掃射を受けて戦死した。

 勇気ある行動に感動した地元の有志が、「少尉の霊を慰めよう」と、1971年に小さなほこらを建立。「商売は繁盛。宝くじも当たる」といった「霊験」も広まり、ほこらは崇拝の対象となった。日の丸を掲げている廟内には、少尉の「神像」が遺族から贈られた遺影とともに祭られ、管理担当の曹芳さん(76)によれば、毎朝5時、村人が君が代を斉唱する。

 ところが、この君が代のCDが今年初め、連日の酷使に耐えきれず、不調になってしまった。「(年間1000人を超す)日本人参拝者の訪問時にも君が代は欠かせない」から、無理もない。

 これを知った台北在住の日本人駐在員、渡辺崇之氏(34)が先月、廟を訪れ、「日本人の勇気に手を合わせる台湾の人々に感動した。日本人として感謝したい」と新品を寄贈した。実はCDプレーヤーも寿命が近づいている。曹さんはしかし、「杉浦少尉は命をかけ村を守った。今度はわれわれが神となった少尉を守る」と話している。(台北 長谷川周人)


一言
台湾は、50年間日本領であった。

高等教育は日本内地で受けた人も多かったようだ。

先の戦争に於いて、日本人として戦争に参加したのも台湾においては当然の事であり、名誉な事であった。

日本が敗戦になり、蒋介石の軍隊が中国での内戦に敗れて逃げ込んで来て、台湾の人々に行った虐殺とその後の暴虐はあまり明にされてない。
昔、台湾を訪問したときに、いわゆる元から台湾にいた友人が声を潜めて、彼の親戚の人たちが、武力弾圧を受けた事を語ってくれた。
当時は、戒厳令下で、列車に乗るにも、憲兵が目を光らせていて、蒋介石軍の占領下なのだということが肌に感じられた。
うっかりした事を他人に聞かれると通報される危険があったのだろう。

しかし、年配者を中心に日本に愛着を感じている人も多い事も知った。
戦後生まれの台湾の人には蒋介石軍や中国共産党の宣伝により、日本軍が暴虐を働いたように信じている人も多い。
そのような中において、日の丸を揚げるのは勇気がいることなのではないだろうか。

田中角栄は簡単に台湾は中国の一部であると認めてしまったが、中共による台湾併合の圧力が高まる中、何らかの形で台湾を支援する方法は無いだろうかと思う。

(平成19年5月11日 金山武 )


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