水汲み

水汲み


(平成9年5月17日 P総会での退任挨拶予備原稿から)

 さて、最近のコンピュータゲームは大変高度になりまして、子供たちを魅了しているわけですが、その中の、バイクのロードレースのゲームでこんなのがあります。対向車や障害物を避けながらゴールまでのタイムを競うのは今までもありましたが、最近のはバトル機能とかいうのですか、只走るのではない。まずスタートをしますと歩行者を次々に跳ねる。先行車に追いつきますと、武器を選びまして、チエーンとか鉄パイプとかで相手をたたいて転倒させる。ゲームのルールとしては、一応たおした数はポイントにはならないのですが、相手を倒した時に快感を覚えるらしい。また、ストレス解消になるんだそうです。相手を倒すのに夢中になっていると対向車にぶつかって自分がこける訳でそのスリルも快感らしい。また、自分がこけても死なないで、タイムをロスするだけでゲームは続行出来るようになっている訳です。
また、こんなこともありました。
私の、次女が最近、横浜市戸塚区の学生用の民間アパートに入ったのですが、入った途端に、郵便受けがアダルトビデオやら、テレクラやら、風俗のチラシでいっぱいになりました。戸塚区と言いますと横浜でもベットタウンといいますか、田舎のわけですが、そういう田舎でも今は都会と同じような状況になっていることにおどろきました。
こども達は、その環境を水のように飲んで育っていくわけです。
ところで、水といえば思い出すことがあります。
私は、東北の田舎で育ちました。育った家には、家の中に井戸がありまして樋を切り替えると台所とか風呂場に水が供給されるようになっておりました。
あるとき、その井戸に猫が落ちました。井戸の前に窓があり、窓の隙間から夜遊びに出ていった猫がいつものように井戸の蓋に飛び降りようとした時に、蓋がよく閉まってなくて、井戸にまっさかさまに落ちてしまった訳です。
バケツにロープを結んで井戸の底に下ろすのでが、やっと猫が入っても途中で飛び降りてしまい。とうとう猫は井戸の中で死んでしまいました。
猫が死んでから井戸を掃除する間、隣の家までバケツで水を貰いに行く訳です。隣といっても遠いのです。2〜300メートルはあると思います。
私は小さかったからしませんでしたが、母親や兄貴が天秤棒で両側にバケツをつけて運んでくる訳です。重く、辛い仕事だったと思います。
今、子供たちの環境を考える時に、今の世の中は、良い環境を選ぼうと思っても、中々選べない訳です。川の水や、猫の死骸が入った井戸水を仕方無しに飲ませているような気がします。また、忙しさにかまけて良く見ていないのが現状ではないでしょうか。
良い環境を子供たちに与えるためには、やはり天秤棒で水を運んでくるような労苦をいとわない心が必要なのではないでしょうか。