義君へ

義君へ


 また女だから止めろ、これがお父さんの親友の言葉でした。
 当時、子どもは精々二人までが世間の常識でした。きっと彼には四人も子どもを生むなんて考えられなかったのでしょう。
 男の子が欲しくて生活を省みず何人でも生んでいると思っていたのでしょう。
 パパとママは特別男にこだわっていた訳ではありません。天からの授かりものに注文をつけるべきではないのです。子どもは、その家の宝であり、また、社会の宝です。天が生ませる以上、そのこどもは必ずその家に幸運を運んで来るはずだと考えるべきです。
 それから、産院を探しました。まだ、一度もそこで死んだ人がいない場所であること。自然分娩が出来る所です。色々探した結果、新里村の母子センターが見つかりました。そこでは昔ながらの産婆さんが取り上げてくれるのです。
 人が生まれる日と時間を人為的に変えてはならないのです。今でもそうですが、普通の病院は病院の都合で、生まれる時期でなくても生ませてしまうのです。時には陣痛促進剤の影響で妊婦が死亡する事件がありました。また、自然分娩は、分娩後の母体が楽なのです。
 会社から、一週間休みをもらいました。その当時は、出産の時に男が休むなんてことは殆ど無かったのですが、長女の恭子ちゃんの時から、いつも、一週間ずつ休みをとりました。 誰も手伝いに来れる人が居なかったこともありますが、男が出産に立ち会うべきだと考えていたからです。
 義君の生まれる瞬間も許可を得て8ミリカメラに記録しました。(生まれる瞬間は残念ながら、現像所でカットされてしまったが)
 一週間の予定が実際には、二週間になってしまいました。三女の高子が水疱瘡に掛かってしまったからでした。
 子どもの食事の支度から、洗濯まで全部やったんだよ。次女の祥子の話では「ワカメの味噌汁」のワカメがつながってると言ったら、パパは大変な剣幕でおこりつけたらしい。
 そんなわけで、義君は、最高の環境で生まれました。私たち夫婦と家族にとっても義君は最高の子どもです。きっと、素晴らしい人生を送り、この世に生まれて義君にしか出来ない使命を果たしてくれるものと信じております。
                            金 山   武
                                 安 盈 
      平成七年七月七日 
 金山義君の十三回目の誕生日を祝って記す