言論人たる前に家庭人たれ

言論人たる前に家庭人たれ


 神戸の淳君殺害事件で容疑者の写真を載せた週刊誌があった。事件の特異性から、一般
の犯罪者なみに報道したとのことらしい。しかし、販売店レベルでは販売を拒否する店が
多く出た。特に地元での反応は拒否の姿勢が多かったようである。
 中学生が犯人だと報道されたときに、多くの中学生の男子の子を持つ親が、自分の子ど
もが犯人でなかった事で胸をなで下ろしたのではなかったか。多くの家庭で親が子どもを
把握しきれなくなってきている。
 それは、昔も今も同じではないか。いじめのときも、家庭での子どものサインを見落と
すなと言われてきているが、サインは分かってもどうしたら良いか分からない親が多いの
ではないだろうか。
 今回の場合カウンセラーの指導を受けていたようだし、カウンセラーには充分そのサイ
ンが見えていたはずである。
 学校の先生には充分すぎる程サインは見えていたはずである。
しかし、危険な兆候が見えても、どうすることも出来ない。座敷牢に閉じ込めておくわけ
にもいかないのである。具体的な犯罪事実が無い限り何も出来ないのが今の日本の現状
である。
 家庭が悪いと言われても、その家庭を崩壊する方向に現代の教育は向かっている。不合
格になったとはいえ家庭科の教科書で離婚を奨励する記述が出始めているという。
 それを後押ししてきたのもまた言論人である。
 言論人である前に、家庭人ですか、PTA活動に参加していますか。地域の子ども会に
参加していますか。青小推で夜間パトロールしたことがありますか。一度でも参加したこ
とがあれば、もっと違った角度からの言論活動になるような気がするのですが、あなたは
どう思いますか。(平成9年7月3日未明)