PTA会長としての3年間

 私は、千葉県に住んでいます。小学校のPTA会長として、この辺では女性は初めてなので、周りも戸惑っていたようです。

苦労話その1
 1年目に、ある男性の先生の指導方針に不満を持つ親が郡の教育委員会に直訴し
た事が、発端となって、学校内が先生も親も揺れに揺れた事があります。
その時ほど、何故自分の学校のPTAに一番初めに連絡してくれなかったのか?
いかに今のPTAが無力か! PTAっていったいなんだろう?
と、真剣に考えたことはありません。
そして、いつもそういう事のしわ寄せは子供にくるんだ。としみじみ思いまし
た。
 私は会長としてなにが出来るのか、子供がこんなに動揺しているのに、と思うと
情けなくて、涙がしばらく止まりませんでした。
校長と教頭は退官になり、その先生は担任から外れましたが、保護者の不満は、
そのまま残りました。
 兎に角、この雰囲気をなんとか正常に戻すには、会長としての仕事は、PTAを
変える以外には無い。と感じました。


苦労話その2
 2年目に、活動のすべてを見直しをしました。
まず、PTAに目を向けてもらうために、活動の縮小をアピールし、
今本当に必要な活動だけを残すことを、各委員会に検討してもらいました。
話し合うことで、PTAの活動目的を、理解して欲しかったからです。
 これは、とても効果がありました。
結果は 自分たちの親睦や、学習の機会、広報、環境整備を行う、学級、広報、
環境、文化の委員会を残し、内容も整理したのです。委員数も削減しました。
 そして、新たにC.K「コミュニティ・キッズ」委員会を設立したのです。
目的は、地域での子育てです。
 そして、共働きのお母さんや、お父さんにも参加しやすいように
今まで、委員が行っていた学校行事のすべてのお手伝いを「サポーター制」
という、新しい制度を採りいれて、ボランティアを募ることにしたのです。
 この内容になるまで、1年間じっくり時間をかけました。
なによりも嬉しかったのは、校長先生、教頭先生がとても、協力してくれ、
職員会議で、PTAの様子などを、報告してくれたことです。
ですから、先生から、親しく声をかけてくれるようになったのです。
 前年のあのギクシャクした先生と保護者との関係がうそのように無くなりまし
た。

苦労話その3
 3年目、新しい組織編成で運営スタートです。留任は私を含めて2人ですので、
まずは、新しい役員と打ち合わせに、随分時間をかけました。
そして、サポーターでは、たくさんのお母さんやお父さんが参加してくれ、
C・K委員会では、地域で子供の育成に関わっている多くの団体の方々と、
地域交流座談会を開き、内容の濃い話し合いを持つことができました。
お陰で、自治会や民生委員、主任児童委員、保護司、青少年相談委員、老人会、
更生保護婦人会の皆さんが、学校に協力的で、強力な後押しをしてくれるように
なりました。

感想と反省
 PTA執行部は、じっくり向かいあえる時間を持った人でないとやはり、
中途になってしまうかな?という事
1年間では、新しい事は出来にくいという事

 話し合う事がいかに大事な事か、そしてなによりも、
自分たちが楽しむ事、これが一番ですね。楽しければ苦労も苦にならないし、
得る事がたくさんあり、自分自身の成長にもなります。
 今年度の役員はすんなり決まり、各委員会代表である委員長もすぐに決まりまし
た。
 すこしは、PTAに目をむけてくれる、考えてくれる人が出来たかな、と自負
しています。
 この3年間の間には批判もあり、励ましもあり、それこそ5分と5分でした。
PTA白髪も増えてしまいました。胃炎も何度も経験しました。
でも,めげないで頑張れたのは、主人の理解と、子供たちの協力があればこそ。
本当に、ありがたいと思っています。感謝です。