心の教育の前にやって置きたいこと
その4


心の教育の前にやって置きたいこと
その4

金山 武

4、今の中教審では、学校は「しつけ」はやらない。地域や家庭で子育てと言う方向らしい。
そうなると、直ぐ組織を作りたがるのが役人の発想らしい。
子供会、青少年子ども育成会、学校警察連絡会、親父の会、父親クラブ、母親クラブ、BOP活動、文部省や厚生省、はたまた法務省の縦割り毎に色んな組織が作られる。
屋上屋に屋上屋を重ねている。
最近は、学校協議会。その度にPTA会長は付き合わされる。
家庭に返すなら、家庭に返す。それだけで良いのに、直ぐに管理したがる。
広場だけを用意すれば良いのに、遊具を置きたがる。規則を作って、サッカーや草野球を締め出す。子供たちだけで遊ばせない、昔は、子供たちだけで遊んでいると自然とルールができた。
よその部落のものが使いにくると団結して追い出した。そんな所から生きる力を学んだような気がする。
今は、必ず親が口を出す。
バケツに水をいれて、そこに絵の具をたらす。絵の具の渦が自然と出来る。バケツをゆっくり、ゆっくりと渦の反対方向に回してやる。そうすると、渦が戻ってゆく。
子供たちが、自分で遊べるようにするには、こう遊ぶんですよと教えてやるよりも、だまって、見ていること。これに勝る方法はない。
しつけと言う面では、親は、学校に逆しつけをされているのではないかと感じている。
食事のときに、合掌したら、先生のそんなことは学校でしてはいけないと禁止する。
「日の丸」を見たら、「腹が痛いといって」絶対に立たないように。「君が代は」歌わない。
この世の中は、弱肉強食、人間は「サルの子孫」だから、動物的にふるまうのが最も自然などなど。
医者が、病気を誘発するのを「医源病」というが、現在の問題の殆どが、「学源病」ではないか。
先生が、「しつけ」をしないのは、ある面では良い傾向かもしれない。
しかし、やはり自分が生まれた郷土と国を愛することは、「学校」でやってもらいたい。
と思うのは私だけだろうか。