関東ブロック大会雑感

今回は、ビデオを担いでの参加であった。最近流行のデジタルビデオではなく、アナログの8ミリビデオで、キャノンのLX1という機種で15倍のズームが利くものでなかなかの優れものであった。

分科会は第二分科会地域活動であった。

最初に事例発表ががあり、協議する形式の持ち方である。

事例発表が三つ。


一寸多い感じ

特に最後の事例は完全にテーマと外れている感じがした。

まず、我が群馬県代表の発表から、発表はスライドを使用し、最も分かりやすくまた、6年前からの地道な活動でそれなりにこなれていた。

しかし、テーマを土曜会、健全パレード、おやじの会と3つ全部説明する必要があったのか。

とかくやった事を全部言いたくなる気持ちは誰にでもあるわけだしそれなりに参考になるわけだが、PTAの発表で何時も感じるのだが、「何々をやりました」で終わってしまっている。

例えば、土曜会だが、学校隔週土曜休日に伴って学校から放り出される子供たちの受け皿をどうするかと言う問題意識のもとに、保護者の有志が集まって、子供たちの相手をする場を作った。

最初、大勢集まっていたが、最近は子供が2人で大人が8人なんて時もあるとの発表に、当然続ける意味があるのかという質問が出た。

「続ける事に意義がある」「継続は力なり」で集約されたが、本当に今のままで継続することに意義があるのだろうか。

ここは、土曜全休を目前として、子供を学校から地域へとの音頭取りがされている中で、土曜会がどのような展望を持って活動としていこうとしているのか。そこまでの突っ込みが欲しかった。

また、出てこなくなった子供たちがどこに消えてしまったのか。何故出てこなくなったのか。そこのところが聞きたかった参加者が多かったのではないだろうか。

次に「おやじの会」。

いつも出る馬鹿な質問が例によって出てきた。「おやじの会」という名称を使う事に、お父さんがいない家庭からの反発はなかったのか、またどのような配慮をしたのかと。

多分発表の度に質問されていたのか、「名称はおやじの会ですが、母親の参加も出来ることを呼びかけています。現に私は母親ですが、準会員として参加しております」と。

行政が先頭に立って、父親クラブなどの講演会などを通じて「おやじ会」は、いま各地で誕生させている。

発表の「おやじの会」はそれより前にインターネットを見て主体的に出来上がったらしい。父親達が自分お得意分野で子供たちと一緒にあそぶ会で会の中にグループがいくつも出来ているらしい。

父親同士の交流と親子の交流。

結構楽しいらしい。

参加した父親の話によると、自分の子供は寄ってこないで結構他人の子供が寄ってくるらしい。

慣れてくると、3人も4人もの子供が背中に乗ってくるようになるらしい。

どうも、いまのこどもは親父との付き合い方が分かっていない子供が多いらしい。

発表を聞いていてふとこんな事を、「母親のぬくぬくした懐から子供を取り上げて、寒風に晒してこどもを鍛える」ような父親は居なくなってしまったらしい。

今は母親の方が、父親らしくなり。子供を叱咤激励している。その側で子供のご機嫌を取っている父親が多いらしい。

どっちの親父を目指すのか発表でははっきりしなかった。

父と母は肉体の差ではなく、機能の差のはず。

女が父の役割と母の役割を果たしているのが今の世の中。

父が居ても母子家庭。

親父の会が、そんな世の中に風穴を開けるきっかけになるのかどうか

発表からは分からなかった。

最初の発表の地域教育会議、一番ナウイ発表であったが、残念ながら資料の棒読みでは、せめて学校と地域会議の関係図、地域会議のメンバーの構成図ぐらいは欲しかった。

結構各地から視察にも行っているように聞いているが、なにか用意していただいたらもっと良かったのではないだろうか。

分科会の進行に付いて。

折角事例発表がありながら、問題を掘り下げずに、司会が同じような事例を会場から求めて、問題を拡散して、単なるやっている事の宣伝大会で終わってしまったようだ。

何々をやりました。成功しました。皆さんも参考にして頑張りましょう。式の発表や分科会のありかたは、そのそろ曲がり角にきているのではと感じたのは私だけだろうか。

問題は、小学校と中学校を一緒にやっているところにあるのではないか。

地域活動にしても、小学校と中学校では取り組まなければならない問題点が共通部分よりも違う部分のほうが多いのに一緒にやることが良いのかどうかそろそろ考える時期に来ているのではないか。

折角各地から集まって来ているのに、交流する機会が殆どないのも問題である。

1日目に、分科会の問題提起をやって、あと小人数の分散会(各県2人ずつの30人ぐらいまでの分散会にしたらどうか。

県別に取っている宿舎も分科会ごとに取るようにして、全体会も分科会ごとの全体会にした方が良いのではないか。

金をかけて有名人を講師の呼んで話を聞いてもその場限りで身にならないのではないか。

むしろ小人数で、問題を掘り下げた方がよいのではないか。

各県の交流にもなると思うのだが。器だけ用意していただければ、纏め役や助言者はその県で用意しなくとも、その時参加した人の中から選んでも、各県の代表レベルの人たちなのだから結構おもしろい会に出来るのではないだろうか。

議論の続きはインターネットやFAXのやりとりやったら面白くなると思いませんか。

来年の愛媛大会は、分科会会場と全体会の会場との距離が大分離れていると聞きます。無理して急行で2時間もかかるところを、全体会に集める意味がどれだけあるのでしょうか。

分科会だけであとは、各自自由行動になってしまわないか心配である。

そばで、女房がそんなことを言ったて、変わらないんじゃない。

そこが、PTA、されどPTAなんじゃないん。なんて言っています。

(平成10年10月28日 金山 武)