建前と本音

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茨城県東海村で起きた原子力事故は、過剰とも思える避難が行われて、行政による二次災害の様相を呈している。
 報道機関も、外部に漏れた放射能について、通常の何十倍と言う言い方で不安をあおっている。よく聞いて見ると健康診断で受けるX線検査で受ける程度らしい。
 通常、どのレベルなら、何をするとかと言う事が決まっていなければならない。
多分正規の機関の確認と承認を受けたマニュアルがあるはずである。
放射能の拡散についてのシュミレーションのプログラムもあり、正確な被害予想も出来るようになっている。
ところが、一旦事故が起きると、そのマニュアルは消し飛んでしまって、その場で色々な対策をやりだす。
 とくに、政治家が入ると、いろいろな思惑から過剰な対応をしたがる。
その、マニュアルも事故を起こした当の機関が作ったのだから、事故を起こした途端にその機関の信頼性がその場で消し飛んでしまう。
 やはり、住民に影響があるものに付いては、マニュアル自体を作るときに行政の担当者だけでなく、実際の利用者たとえば、町内会代表のような素人を加えておかなくてはならない。
 今回、政府が記者発表しているのに、県がつんぼ桟敷でちぐはぐな事が目立った。
政府の対策本部には、国の担当者だけでなく、県の連絡官が入っていなかったのであろうか。
今後は、関係する県の連絡官も対策委員会に入れて、県との情報レベルを合わせる必要があるのではないかと思う。
やはり、情報の流れをきちんとしなければならない。殆どの県では東京に連絡事務所を持っているはずである。
県の役人や政治家が東京に陳情などで来たときの案内係、接待係程度の仕事しかしていないのかも知れないが、いざというときに、役に立つようにして置きたいものである。
まあ、日本の在外公館も、宴会だけしか上手に出来ないとの批判もあり、いざというときあまり機能しないようだが。
アメリカなどは、大使館内に駐在武官だけでなく、戦力になる最低の要員を置いているようだが、
対策本部の機能の一つとして、知事とのホットラインが必要であろう。ホットラインに付いては自衛隊の軍事通信班などに対応させる必要がある。
普段から、あらゆる場面で、自衛隊に参画させておかなくては、有事の際役に立たない。
NTTなどの方が実際には、技術は上だが、人の面では不安が残る。
今回は、自衛隊の画像伝送用のヘリなどは活用されたのだろうか。普段から、使う事によって錬度が上がり技術が向上するものである。
 今回の、直接の原因は、制限システムを使わずに、手動で沈殿槽にバケツで材料を流し込んだと報道されている。
今回だけなのか、それとも普段から効率を上げるために行われていたのかきちんと調べる必要がある。
システムは、どんなシステムでも必ず、自動処理を解除して手動に切り替えが出来るようになっている。
JRでも時々、ATS(自動列車停止装置)を解除して事故になることがある。
今回の事故は、新聞報道によると、どうも会社ぐるみでやっていたらしい。
国の認可を受けるときは、きちんとした設備を装い、実際には自動設備を使わずに効率をあげる為に、手作業でやるように、別なマニュアルを作って、やっていたようだ。
日本特有の建前と本音というやつか。
役所は無闇に厳しい基準を作って押しつける。実際その方法だと採算が合わない。
だから、本音のルールを作る。
一番身近な例として、交通ルールの最高速度である。
相当の地位にある人でも、所謂「ずみとり発見器」をクルマに取りつけている。
日本全国、建前と本音で固まっている。元々無理なのかも知れない。
アメリカに仕事で行った時の事だが、向こうはマニュアル通り。応用動作と言うものがない。
例えば、販売用の自動車のガラスが割れたとする。日本なら雨が降って来たら困るのでシートを被せたり、屋内に入れたり必要な被害軽減処置をする。
ところが、向こうでは、一切そう言う事はしない。契約書に無い事はしないのである。
例えば、善意でシートをかぶせたときに、もし、シートでクルマに傷を付けたら賠償しなければならない。
そのかわり、決められた事は、確実に守る。また、守らずに起きた結果に付いては賠償を確実に取る。
今回の事故にしても、JCOという会社が、全て賠償するのであろうか。
住民の休業保障。JRの列車の休業保障、農作物の出荷停止に伴う保障など、全部、請求するであろうか。
そこで、会社が保障する段階で、避難勧告が適切な範囲であったのかどうかと言う事が問題になってくる。
野中官房長官が自ら記者会見で言っているように、過剰避難の面も無きにしも非らずである。
普段から適正な避難マニュアルがあるかどうかで、誰が損害を持つかと言う事が変わってくる。
規則を守らせるには、破ったときにそれに見合う罰が必要である。
今回の場合も作業員が会社の支持を守っていたのであれば、上司は刑事責任を問われるであろう。 会社に対しては、きちんと経済制裁をすべきである。
そうすれば、真剣に責任の所在と、再発防のために何をしなければならないかが明らかになる。
JCOの社長が「頭を下げてお終い」と言う事にはさせたくないものである。
原子力災害については、被害額が膨大になることから、多分保険(*1)もないであろう。
キッチリと賠償を取られるのであれば、そんなリスクの高い仕事は受けるところが無くなるかも知れない。
コストも高くつく。
結局は泣き寝入りですか。それとも、国が賠償するんでしょうか。
今回は、JCOに全額賠償させてみたらどうか。
まあ、株式会社とすれば、その資産の範囲内でしか賠償はとれないが、親会社の住友金属まで責任を問えるかどうか。
事故の起きた翌日、ラジオで原子力関係の機関の長である、名前を聞き漏らしたが、東大の名誉教授が「茶道のように、安全道」というものを作って徹底しなければいけないとか、高尚な「お説」を言っていたが。
そんな精神論が有効なのかどうかか。
これが、日本で最高の権威らしいが、そんな浮世離れをした「お説」を聞かされたのでは、ああ、やっぱりこんな、程度の安全管理をやっていたのかと思わざる得ない。
これでは、いつまで経っても良くならないわけである。
日本人に染み付いた、建前と本音がなくならない限り同じ事が繰り返される。
なぜ、建前と本音が出てくるかというと。
ルールが守られるルールでなく、押しつけられたルールだからである。
教育に戻ると、学校の中で「建前と本音」を教え込まれている。
校則と言うやつ。例えば、私のPTA会長をした中学校には、ワイシャツの袖まくりをしてはいけない事になっているらしい。
ところが、先生はと見ると時々ワイシャツの袖まくりをしているのを「この目で」見た事がある。
その先生は、生徒会の担当だとか、あきれて物が言えない。
随所にある、無理なルールをなくす事が、第一。
その上で、守らなかったら、厳しく責任を問う。
裁判には陪審員制度が不可欠である。
何故、建前と本音が出てくるかと言うと、ルールが構成員のものになっていないからである。
校則にしても、生徒の意見を取り入れると同時に、校則違反に対する処分についても生徒の意見を反映する必要があるのではないか。
交通の速度制限についても、運転者の意見がどの程度反映されているのか、形の上では、公安委員会というのがあって、民意を反映することになっているが、実際には現場をあまり知らない。どうも事務局である警察の言いなり。という面があるのではないか。
安全協会という組織もあるが、ルールを推進する組織で、ルールが良いかどうか審議する組織ではないようだ。
外国ではもっとクルマのスピードが速いのではないか。無闇に信号もないし、標識も余り無いように感じた。おそければ安全には違いないが、それではクルマを使う意味がない。
実態速度が問題なのである。
実態速度で、頻繁に事故が発生しないのであれば、実態速度に合わせるべきである。
そのかわり、事故が発生しているところはきちんと規制する。
規制そのものに合理性がなければ守られない。
捕まった人の意識としては、運が悪かったと言う事しかないのではないか。
本当に悪かったと思うような形にしないと、実態とルールの乖離が大きくなり結局は守られなくなるということになる。
10年とか20年のスパンで、計画的にやらないと良くなっていかないような気がする。
それにしても、最先端の原子力施設で、バケツで作業をしていたとは、いかにも日本らしい事故原因でした。
監査を何度やっても同じ、監査の為に徹夜で書類作りなんてのは当たり前になっている。
書類監査では駄目、実際作業を潜入調査でもしないと問題は発見できないのではないか。
まあ、「安全道」教授がいるようでは、それも絵に書いた餅か。
設備にしても、流入量を規制するだけでは駄目で、作業性や人間の心理面まで配慮したシステムでなければば意味がない。
例えば、人間の心理としては、早くバケツ16杯分のものを機械に飲み込ませたいと言う心理がはたらく。 受け口が小さくて、飲まないとするとどうにかして、飲ませようとする。そこで沈殿槽にバケツで入れてしまえということになる。
これを防ぐには、バケツ一杯分の容器を16個用意して、その容器に入れておけば、順次処理をする又は、一度に飲み込んで、中では決して制限量を超えないなどの設備になっていないと安全なシステムとは言えない。
単なる規制ではなくて、楽に守れる工夫が必要である。
そこまでやってシステムである。
結構、大学なかなんかは管理が杜撰な事が多いと聞く。実験の時は同じようにバケツでやっていたりして。
それを見て、真似をしたのかも。
全ての原因は、学校の中にありと言えば言い過ぎかも知れないが
人の行動パターンは、学校時代に作られる

(平成11年10月三日)



*1 本文中に保険が無いような表現をしましたが、有るようですので、その部分を訂正します。
原子力損害賠償制度

昭和36年に作られた「原子力損害賠償制度」は、原子力施設から発生した損害について事業者に無制限の賠償責任を負わせるもの。
このため、事業者には、原発では300億円、ウラン燃料加工施設に十億円の保険加入を義務付けて入る。 保険額を上回る賠償額が発生し、しかも事業者がそれを支払う能力が無い場合には、被害者保護のために政府が必要な援助を行う事になっている。

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