ふーん、そうなんだ!

戻る第三の目目次にもどる
ふーん、そうなんだ!
埼玉県の村で、オーム真理教の子供を入学させるかどうかで揺れている。
村の教育長は、入学させないというし、県の教育長と国(文部省)はそれはまずいという。
そこで、最近の報道によると自宅へ教師を派遣する方法で行うと言う事に成るらしい。
テレビで、有名タレントの弟かいう大学教授がそれは良い事だ。学校に来れない事情がある子供は今でもその方式でやっているし、とか言っていた。
おやおや、ふーんですね。
それは、病気とか登校拒否で本人が来れない時にサービスとしてやっていることでしょう。
今回みたいに、本人が裁判してでも学校に来たいと言っているのに摘要するのは、無理があるのではと思う。 仮にも大学教授とあろうものがそうなんですかね!
その辺の論理は分からないはずは無いのだが、迎合しているのかな。
それでは、例えば、暴力団などの子供が学校に行きたいと言っても、住民が不安がれば教育長判断で、学校には行けずに自宅学習になってしまう。
そんな事は今まで聞いた事も見たこともない
六法全書を見て見た。
親の就学拒否に付いては、罰則がある。
しかし、教育委員会が拒否した場合のことは何も書いてない。
そうだよね、教育委員会は就学を進める立場であって、拒否する事はお悧巧な役人も考えが及ばなかったらしい。
昔々の事になるが、アメリカで黒人差別が問題に成ったときに、たしか黒人の女の子が通学するのを軍隊が出動して守っているのをテレビで見たことがある。
黒人の通学する権利はさんざん妨害されてきた。
それを軍隊を出して守った。
そこがアメリカの偉いとこ。
ここでは、住民感情に逆らっても法を守らせるという姿勢が見て取れる。
憲法で保証された権利を擁護するためには、軍隊まで出動させる。
これが法治国家、理念国家たる所以であろう。
そのあいだ、色んな軋轢はあったが、そのようになった。
そのことが、なんにも学習されていない。
法を守るべきものが法を守らず、住民感情の側に立つ。
何の為の教育か。
感情を抑えて、理念を守る事を教え事も重要な教育の役割である。
理念を守るべきものが、守らない。
肝心な時に、法や理念を守る為に公務員は給料をもらっているのではないだろうか。
通学させて普通の教育を受けさせる事こそ今大事な事である。
通学時の安全は守られなければならない。
学校の中での安全は守られなければならない
学校内の安全確保を理由にオーム信者の介入を招いてはならない。
その為には、毅然とした対応が望まれる。
必要ならば、警察や自衛隊の出動も止むを得ない。
法を守るということはそう言う事である。
そのようにして、始めてオームを罰する正当性が出てくるのである。
罪を犯したものには、法によって裁く。
刑を終えたものは、市民として迎える。
親が罪を犯しても子供は守られなければならない。
これが法による支配である。
村の教育長の私法によって事を処理してはならないのである。
住民のリンチにまかせてはならないのである。
教育関係者は理性を持って行動する必要がある。
子供の前に、胸を張って語れるような行動をしなければならない。
それにしても、なんていう国なのだろう。
住民が監視小屋を立てて見張らなければならないなんて。
脅威が現実に有るならば、警察でも自衛隊でも出して守るのが国の役目であろうが
住民の不安を除くのが本来の政治の有り方なのではないだろうか。
住民の不安を煽っているだけのマスコミにも問題があるが
住民が安心できるような対応をすることもお上の役目ではないだろうか。
法を守ると言えば
面白い法の守り方がある。
こないだも書いたかも知れないが、関西淡路大震災のとき
外国から救援の医者が着たときに、日本の医師免許がなければ診療させないといった役人が居た。
また、救助犬も検疫を受けなければならないといって何日も空港で留め置かれた事がある。
今日も新聞に出ていたが、施設を回る移動散髪車にいちゃもんをつけている役人がいるらしい。
法の形を守って、精神、理念、目的がどこかに行ってしまっているのである。
なんと言うなさけない国になったもんだか
(平成12年2月23日夜)

戻る第三の目目次にもどる