ブーイング

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北京政府の反日教育の様子を、今朝(8月7日)の日本テレビの朝の番組でやっていた。
その中で、教師が「日本は50年間、一度もアジアの人々に対して謝罪していない」と言うことを言っていた。
そのように、教育された中学生が、最近問題になっているサーカーでの反日ブーイングの中心になっているようだ。
日本PTAも、今は中止されたが一時期、国際レインボウー便で中国の子供達に文房具を中心として毎年援助物資を送ってきた。
また、「日中友好少年少女の翼」ということで毎年交流を続けてきている。
交流といっても、一方的に日本のPTA幹部の子弟が訪問するだけなのだが
その他、日本の各地の訪問団が、桜の木を植えたり各種の訪問活動を行ってきている。
これらの活動が全く伝わっていないのである。
「日本は50年間、一度もアジアの人々に対して謝罪していない」という言葉を考えて見たい。
彼らにとって謝罪とは何かというと、「言葉」ではないのである。
彼らが求めているのは「言葉以上のもの」具体的に言うと、金である。
金銭についても、日本はODA活動で、莫大な援助をしているが彼らには伝わっていないのである。
日本は、平和条約を結ぶときに、賠償金を支払わない代わりに、援助金名目で金を支払って来た。
つまり、援助金を払う代わりに彼らの被害に対する「請求権」を放棄させたのである。
賠償と、援助金は同じように思われるが、雲泥の違いがある。
賠償には、謝罪の意味が含まれているが、援助金には謝罪の意味が含まれていないのである。
つまり、日本は莫大な金を出したが、謝罪は一度もしていないことになる。
同じアジア圏でも、インドネシヤやビルマ(ミャンマー)に対しては賠償金を払っているが
中国(台湾および北京政府)、朝鮮(平壌政権、韓国)については援助金方式である。
台湾との交渉では、先方から賠償金を放棄する話があり、それに対する見返りとしての援助金はそれなりの成果があり
円満に推移してきているが、最近尖閣諸島を巡る動きの中でそれも怪しくなって来ている。



その後、例の田中真紀子の父の「田中角栄」が北京政府と平和条約を結んだのであるが、台湾方式を踏襲する形で請求権を放棄する代わりに援助金を支払う約束がなされた。
今回は、どちらがその方式を言い出したか不明であるが。
北京にとっては、無限の賠償金を手に入れたことを意味し、田中派にとっては無限の援助事業への利権を手に入れる結果となった。
斯くして、北京はオリンピックを開けるまでに日本の援助金で国力を付け、今や、世界の大国になろうとしている。
一方、田中ファミリーはご承知の通りである。
今、小泉政権は北朝鮮との平和条約締結に動こうとしている。
そこで、またもや援助金方式で決着を付けようとしている。
平壌政権が、中国を見習って、無限に賠償金を取れる援助金方式は良いの決まっている。
援助金の額は一応決まっていても、「未だ一度も謝罪していない」と言うことを何度でも使うことで無限に援助金を引き出せるのである。
援助事業に群がる、利権集団も早くから準備を整えている。
そろそろ、日本の国力も今までとは違って陰りがでてきているのだから
額がはっきりし、謝罪の意味もはっきりする「賠償金方式」すべきではないだろうか。
曖昧模糊とした方式が通るのは日本の中ぐらいで、世界では通用しない。

そのそも、援助金という方式は、伝わりにくい。
賠償金であれば明確である。
きちんと謝罪したことになるのである。

不明確な援助金方式よりも、謝罪の意味がはっきりする賠償金方式で交渉し直した方が良いのではないか。
少なくともこれから交渉する、平壌政権とはあいまいな形ではつけ込まれるおそれが十分ある。
金だけ使って汚名はそのままという田中方式は、日本国民のから見れば、一種の詐欺であり犯罪である。
田中真紀子もいい加減なことを言っていないで父親のあやまりを糺す事にきちんと対応すべきだろう。


「今まで一度も謝罪していない」とい汚名を将来の子供達に残すのはやめた方が良いと思うのだが
どうだろうか。


(平成16年8月7日 金山 武)


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