出口の無い海

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映画「出口のない海」を見てきた。
市川海老蔵が出るというので、妻と娘が見たいと言い出したので日曜日に映画館に行った。
最近は、インターネットで座席予約まで取れるのでありがたい。

 映画の内容は、海軍の特攻兵器「回天」の話である。
あらすじ:主人公がヒジを壊して投げられなくなった元甲子園の優勝投手が繰り上げ卒業で海軍に入隊、少尉任官の後、志願して特攻兵器「回天」で出撃するも「回天」の故障で基地に帰投、再度の出撃を前に訓練中に事故で海底に沈んでしまう。
戦後、占領軍がその事故艇を引き上げ、それに立ち会った整備係りの兵長が彼からもらった、「魔球」のサインが入った野球ボールを海に投げるラストシーンで終わっている。

最近の映画の特徴であるが、まずセットが大掛かり、「回天」についても実物大のものを用意している。
興味があったのは、回天が実際にどのような方法で発信したのかということである。
潜水艦に積んでいって、目標から3、4キロ先で潜水艦より離脱、敵の艦船に人魚雷として体当たりするという使用方法だったことである。
 魚雷は潜水艦から発射するのが相場なんだが、私としてはどうもイメージが沸かなかった。
というのは、操縦士を乗せる方法が分かなかったからである。
海中から出撃しようとすると、どうやって操縦士を乗せるのか。
ずーと、回天のなかで待機しているのか、それでも色々問題がある。

ところがところが、日本海軍の技術力はすばらしい、入り口が上部と下部に二つあったのである。
潜水艦とは、下部ハッチで接続されており出入りが出来るようになっていたのである。
無駄を嫌う、日本海軍が、入り口を上部と下部の2つ作るなんて考えられなかった。
模型なんかで見ると、下部のハッチはわからない、ずーと疑問だったがこれで解消した。
だが、入り口を2つ作った事については、整備性の問題があるにしても日本海軍らしくないと思う。

もう一つ、映画では殴打シーンが2回出てくる。
一つは、主人公が教習中に事故を起こしそうになって教官から殴られるシーン。
もう一つは、彼が出撃するも、故障で助かったとき、照れ隠しに「整備兵」を殴るシーン。
 軍隊では殴り殴られるというのは当たり前というか、そのように流布されてきたのだけれども。
事実は大分違うのではないだろうか。

私の兄は、出征し、砲兵隊で、見習い士官で満州の牡丹江で終戦、ソ連軍の捕虜になり、昭和25年に引き上げて来ました。
その間、殴られることはなかったと言っております。
また、殴ってはいけないと常に上から指導があったと言っておりました。

ところが、親戚のおじさんは、軍曹でやはり、ソ連に捕虜になりましたが、往復ビンタは日常的に有ったといっております。
このことから類推すると、兵は殴られたけれども、士官は殴られなかったということになりそうです。

昔、研修会で、ボーイスカートの本部講師をしていた人の話を聞いたが、その人はアメリカの士官学校に留学し、少尉の資格をもらったと言っておりました。
少尉以上は、将校であり、会社で言えば総合職。

世界中で、士官が兵を殴るなどということは、身分とプライドの社会である軍隊では、ありえないと考えるのが自然ではないかと思います。
少尉といえば、小隊長として指揮する立場にあり、正装では腰には短剣を吊る身分の者が、手を上げるなんてことはプライドが許さないだろうと思います。
そのへん考証が甘いような気がしました。
この映画を外国人が見れば、日本海軍について誤解するのではないだろうか。
めぐりめぐって日本侮蔑の理由にされるのではないかと思った。

特攻の精神というか、玉砕の精神は、敗戦まじかに盛んに歌われた、「海行かば」は”海行かば水漬く屍”と歌われた元歌は、朝鮮を助けるために、古代日本が中国と戦争して大敗した663年に白村江(はくすえ)の戦いでの故事を歌ったものであるが、利あらずとして退却を図る指揮官の将軍を臆病者とののしって、白村江の海戦に突入させる。
そのときの、海の中に浮かんだ死屍累々といた様子が思い浮かばされるのである。
何故、この歌が庶民に受け入れられたかといえば、いわば、策のない上層部に対する非難の意味と、敗戦の予感が庶民にはあったんではなかったのではないだろうか。

いわば、深層心理の中には、無理強いしされて、殺されることは分かっていながらやくけくその心理があったのではないだろうか。

勝ち目の無い戦争を終結できなかった大きな理由として、天皇の処遇が見えなかったということがあったと思われる。
特攻はその交渉の時間稼ぎではなかったのか。

当時は、国のためとは即ち、天皇のためだった。
最終的に天皇の決断で、無条件降伏になった訳であるが、当時の戦争指導者は、A級戦犯として処刑される事によって天皇の身代わりになった。
A級戦犯といわれる人たちも言わば天皇を護るための特攻を行ったのである。
彼らは、全て天皇の指示であるといえば、逃れることも出来た。
しかし、天皇がそうであったように全ての責任は自分にあると言い張った。

彼らの論拠は、責任内閣制で、憲法上天皇には責任がないという論法で責任は内閣にあるとしたのである。
実際には、絶対君主制で、統帥権は天皇にあり内閣は軍部を制御できなかった。

当時の国際法では、戦争はもともと犯罪ではない。
国際法で認められた国家の主権である。
それが戦後、極東軍事裁判のために新たに侵略戦争は犯罪であるという概念を付け加えた。
侵略戦争が犯罪であれば、過去の欧米によるアジア侵略は全て犯罪であり、裁かれなければならない。

彼らは、占領政策として天皇を生かし、閣僚を戦争犯罪人として裁くことで決着をつけた。
それを日本は、国家として受け入れた。

そのような意味からして、A級戦犯といわれる人たちも戦争の犠牲者である。

回天という特攻兵器に限らず、先の戦争で、国家が命令して彼ら若者の命を奪ったのであるから、総理大臣が国の最高責任者として靖国神社にお参りし、不戦の誓いをするのは当然の責務である。
外国から言われて止める理由はない。

極東軍事裁判に参加できなかった中国共産党の狙いは、天皇の戦争責任を追及するところにある。
一部マスコミの狙いもそこにある。
いまさら、60年も前の過去の戦争責任を追及して何になろう。
60年も前にこんな残虐なことをしたということを展示して何になろう。
中国国民に間違った教育をしてきたのは中国共産党である。
経済援助ということで、われわれは十分すぎる賠償を行ったのである。
いまさら、何も言われる筋合いはない。

A級戦犯を祀るなというのであれば、中国人民を日本軍より多く殺した毛沢東の責任はどうするのか。
紙幣にまで印刷して崇めているのを止めなさいと言いたい。
目くそ鼻くそを嗤うということだろう。

(平成18年10月1日 金山 武)
(平成18年10月2日一部補正加筆)


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