四国バス遍路  日記h15.5.7〜20

日程

日次 月日 行程 食事 宿泊 備考
5/7    太田バスセンター
   羽田空港
   徳島空港
   極楽寺(着替え)
 1 霊山寺
 3 金泉寺
 2 極楽寺




極楽寺 太田バスセンター8:50発
11:50分受付なので間に合うかどうか心配したが
11:40着の予定が11:10には到着充分余裕で受付。
徳島空港が霧の為、最悪高松又は大阪に下りることを条件に出発。
飛行機も、日本エアシステムなのに何故かJALのマークが。
現地上空で天候雨のアナウンス。
降りてみたら、曇りで、とにかく暑い。
極楽寺で、御詠歌入りの白衣を調達。
渡辺先達の先導で、お経を奉納しながら
霊山寺、金泉寺を回って極楽寺へ。
弘法大師お手植えの長生杉にご対面。
極楽寺の僧坊に泊まる。
明日は、朝6時より本堂で勤行。
5/8  2 極楽寺
 5 地蔵寺
 4 大日寺
 7 十楽寺
 8 熊谷寺
 9 法輪寺
10 切幡寺
11 藤井寺
12 焼山寺
13 大日寺
 6 安楽寺




安楽寺 般若湯を頂いたせいか、朝になったと思って目をさましたら未だ午前0時だった。
5時まで、大人しくする。
6時に荷物だし、6時から朝のお勤め、6時半から朝食。
法話の中で、旧暦の4月8日だとか。旧暦4月8日はお釈迦様の誕生日。
お釈迦様の誕生日を祝って、甘露の法雨を降らし給うとか。
7時15分出発。朝から雨。合羽着用。雷もなってきた。
大枚はたいて用意した登山用の合羽が役に立った。
藤井寺を回ったところで、11時に昼食、お稲荷さんとうどん、おいしかった。
どこに行っても甘茶の接待がある。
焼山寺の土産ものやでも甘茶の接待をしてた。
呑んでみたが大変甘かった。
甘茶蔓の葉っぱが原料だとか。
日程がはかどったので、5月9日の予定の13番大日寺を追加打ち。
17時ごろ安楽寺に到着、温泉に入る。6時から夕食。
7時から夜の勤行。
和尚さんの気分が良かったのか、何時もは7時半に終わるところが8時ぐらいまでかかった。

追)
夜、宿坊の温泉に入っていたら。
若者が二人入って来た。
歩き遍路をしているという。
3番4番の間の道を通っているときに接待所があって、甘茶を振舞っていた。
一休みが、接待のご主人と意気が会って、しまいには透明なジュース(お酒)まで振舞われる事になった。
透明なジュースは丁寧にお断りして1時間半ぐらいで辞することにしたと言う。
そのとき、初めて知り合ったのだという。
一人は福岡で、一人は横浜だとういう。
横浜の若者は、野宿遍路をするという。
普段なら、絶対に知り合いにならない者同士が知り合いになれる。
遍路は誠に、不思議な出会いがおきるところであるようだ。
5/9  6 安楽寺
17 江戸寺
16 観音寺
15 国分寺
14 常楽寺

18 恩山寺
19 立江寺
20 鶴林寺
21 太龍寺
   阿南




阪口屋 今日は、お勤めも無いので、5時半起床。
6時半食事、7時15分出発。
江戸寺では、お加持水があったので求める(100円のお賽銭)
結構甘くておいしい水である。
昔、この寺を尋ねた武将が井戸の顔が写らないということで悲観して死んでしまったとか。
近代兵器のビデオで井戸を覗くと鬼の顔が
観音寺、国分寺、常楽寺までは徒歩で歩く。
関所と言われる立江寺を過ぎて、山の中の鶴林寺へ
この寺は、山門に仁王ではなくて寺の起源に因む鶴の彫刻が置いてある珍しい寺である。
太龍寺はロープウエイで15分ぐらい上ったところにある。
高野山の奥の院と同じ配置で建物が置かれておる。
弘法大師の遺骨が納められている廟もある。
山の中の「阪口屋」と言う民宿に17時前に到着。
洗濯が可能で、(洗濯機と乾燥機もついて無料)施設は充実しているが
生憎、PHSの電波が届かないので更新は明日になる。
では。
5/10    阿南
22 平等寺
23 薬王寺
24 最御崎寺
   御蔵洞
25 津照寺
26 金剛頂寺
27 神峰寺
   野市町




かとり 5時半起床予定が結局誰かがかけた目覚ましが間違っていて5時に起こされてしまった。
6時半朝食、食前酒としてスダチの梅酒が出た。
薬王寺では還暦の厄落としの階段が61段あって、お賽銭を1段ごとに置いてゆくとか。
良くしたもので、社務所で1円玉に替えてくれるようになっている。
最御崎寺からは土佐の国。発心の道場から修行の道場へ
そのせいか、すべて高いところにあり、長い階段を上ることに。
26番 津照寺をお参りしてから11時に昼飯。
漆塗りの弁当にうどんがついた。
27番神峰寺では、昭和の奇跡と言われた脊髄カリエスがなおったことを顕彰する石碑があった。
昭和36年に神峰寺を上っているときに尻餅をついたら途端に重症の脊髄カリエスが直ってしまったという本当の話だったとか。
昭和61年まで生きていたとか。
途中江戸時代に掘り込み式の港を作った、野中ケンザンの話を聞いた。
数々の改革を行ったが、最後の工事の時に工事完成の暁には命をささげるとの宣言をしてやっと出来た港だったとか。
ケンザンの死後、ケンザンの後継者が出るのを恐れた旧守派により、男子全員死罪になったとか。
たった一人生き残った3女のスエの話を書いた小説があるという。
何時の時代にも、改革の揺り戻しがある。
今盛んに自民党のなかで改革反対の動きがあるようだがどうなることやら。
夕食の時に、納経の印として頂く、朱印帳や掛け軸が高額で売買される話が出た。
そのため、一人で何本もの軸を持って回っている人も居る。
通常一人1回につき1本と決まっているのだが寺もそのまま押してしまうらしい。
お参りに来れない人の為に代わりに費用をいただいて、お参りするのは良いが、軸を販売するのはどうかという言う意見が大勢であった。
弱みに付け込んだ悪徳商法に近いというのである。
そう買うのも迷い、売るのも迷い。
軸という物に力があるわけでは無いのだが、一種のプラシボー(偽薬)効果で病気が治る事もある。
難しい問題である。
5/11    野市
28 大日寺
29 国分寺
30 善楽寺
31 竹林寺
32 禅師峰寺
33 雪蹊寺
   昼食(珊瑚会館)
34 種間寺
35 青滝寺
36 青龍寺
   宇佐




三陽荘 本日朝から雨
合羽を着て参拝
途中、ビデオカメラが「つゆがつきました、カセットを取り外して下さい」というエラー表示で動かなくなった。
せめてメモリーカードへの静止画だけでもとスイッチをいろいろいじってみるが回復しない。
どうも雨が機械の中に入ったようだ
この程度の雨で動かないカメラなんて使い物にならない。
メーカーはもう少し考えてもらいたいものだ。
あるいはと思って一旦、電池を抜くとそのときだけ動く。
以後どこまで持つか分からないが、エラーが出ると電池を抜くことにした。
結構最後まで、この手でいけた。
いきなりガイドさんが
「ゆうべはよく眠れましたか」と聞いたら
「おとこが変わってよく寝られませんでした」と言う答えが返ってきておどろいた。
お上品なもんでなんでも「お」をつけるからびっくりする。
「男」ではなく「お床」で納得。
雨の日のトイレは大変だ
杖は弘法大師のご分身なのでトイレには持ち込めない。
輪袈裟という首に掛ける布も外さなければならない。
時間が掛かってしょうがない。
ガイドさんが、ヅコウ(塗香?)という粉状の香を配り始めた。
その香を、手に塗ると一日中良い香が持続するので、トイレににもそのままで行ける。
そして、水屋で口をすすぎ手を洗うというお寺に入るときに必ずしなければならない事も
しなくても良いとの事
やはりウルトラCがあるものだ。
昼、桂浜の近くを通るが観光はしないとのことで通過
「えっ!}
修行修行なのだそうだ。
昼過ぎ3寺を回って
夕方三陽ホテルに入る。
ここは「黄金の大師像」があるということで有名なホテルらしい。
風呂場で札幌から来た「歩き遍路」の人に会う。
たしか33番雪蹊寺であった人で、険しい顔をしているなーと思った人だった。
5月の2日に岡山空港から高松に入り、公共機関とヒッチハイクで遍路していると言う。
費用と効果を考えうると3時間以上歩くのは意味がないと言っていた。
確かに、現代人にとっては、長時間歩くこと自体が苦行かもしれない。
お釈迦様は、「悟りは苦行の因に非ず」と言ってバラモンの苦行カルトから出て悟りを開かれた。
四国巡りは苦行?それとも修行。
修行と苦行の違いは?
色々な考え方で遍路している色々な人がいる。
これも遍路の楽しみである。
ここもAir’Hが繋がらない。
更新は明日以降になる。
5/12    宇佐
37 岩本寺
38 金剛福寺
39 延光寺
40 観自在寺
   宇和島




クアホテル やっと宇和島に来てAir’Hが繋がった。
ご接待というのがある。
自由におとり下さいと言う場合と、差し上げますという場合がある。
自由におとり下さいという場合は、頂くかどうかは修行者が選べる。
差し上げますという接待の場合は、とりあえず受け取って、不要であれば、別な必要な人にあげるというのがマナーらしい。

宇和島では、真珠の養殖が盛んらしい。
ある人が真珠をつけて歩いていると犬と猫がついてきた。
何故でしょう、ニャンとワンで似合わん似合わんということらしい。

宇和島と言えば、宇和島水産高校の前を通った。
このほどアメリカとの補償交渉がすべて整ったとか。
大分前になるが、中国の上海で鉄道事故に遭ったのもたしか四国の高校?
補償金の額は雲泥の差があったようだ。
5/13    宇和島
41 龍光寺
42 仏木寺
43 明石寺
48 西林寺
   昼食(開化亭)
44 大宝寺
45 岩屋寺
   久万町




古岩屋荘 天気は朝から曇り

車内での法話
悟りについて
悟りとは自分の事が分かる。人の気持ちが分かる。人の喜びが素直に喜べる事だとか。
法話は法話として、現代では、気配り的人間関係に疲れてうつ病になる人も。
農耕民族から現代に個人主義社会とのギャップをどう埋めるかが課題ではないだろうか。
原点に還ると言ういことが、中途半端な儒教感覚の道徳律に還ることなのだろうか。
般若心経の「空概念」の奥にある宇宙の真理に到達する事こそが原点であろう。

明日の予定の48 西林寺を先に回って昼食
西林寺では、介護施設の老人達がお参りに来ていた。
お参りする場所まで老人を抱え上げる職員が印象的だった。
途中、バスの車内で講演を記録したビデオの放映があった。
まさに講演を聞いている時は涙を流したり、納得するのだが
講師自身も言っているのだが
不思議と、表に出ると忘れてしまう。
ごめんなさい。

44番大宝寺で東京から来た青年遍路と話をする。
もう1ヶ月回っているとの事。
あと一ヶ月ぐらいで帰るとか。

大宝寺の結構上り坂がある。
大宝寺を足慣らしにする。

次は難所と言われる45 岩屋寺へ約20分の上り坂と階段の参道を上る。
途中沢山の、生き返り者が寄進した石像郡が壮観
山全体が仏様というのも頷ける。
山腹の中腹にある洞穴の仏像をビデオの望遠でばっちり撮影成功。

岩屋洞は空が飛べる法華仙人が空海に帰依し、この地区一体を寄進したというが
その真実はどうだのだろう。
封印を破ると、法華仙人はひどい目にあったわいと、天界の裁判所に訴え出るかも。

山門の前で托鉢する僧も
お金を上げないで下さいと言われているが、ついお金を入れてしまうことも。
キリストの聖地バチカンにも子ずれの乞食が居たことを思い出す。

願いを書いた納め札をバスの中に忘れて、下山して宿に入ってから
気が済まないからもう一度登る人も。
皆、真剣なのだ。

80歳の同行の人の洗濯をかって出る人も。
お接待精神が浸透して来ているようだ。

国民宿舎古岩屋荘で下山祝い
宿舎の方々に「飲食物を持ち込まないで下さい」と書いてあるのが目に付いた。

又してもAir”hが繋がらない。
携帯はかろうじて繋がる。
5/14    久万
47 八坂寺
46 浄瑠璃寺

49 浄土寺
50 繁多寺
51 石手寺
52 太山寺
53 円明寺
   道後温泉




宝荘ホテル 本日は一日雨
修行をしたい人が一杯居るようだ。
今日の法話:「微笑合掌」、お参りした後はニッコリしましょう。そしてそれを持続しましょう。

母の日が近くなった。
子供の描く母親の絵でその家庭の教育姿勢が分かる。
いつも母親から上からガミガミ言われている子供は、母親の鼻の穴まではっきり描く。
子供の目線で話をされている子供は、母親のまつげをはっきり描く。
恐るべし

ビデオの外付けのレンズの螺子が緩んでいて、落としてしまった。
よく見ると前に落としたときの傷が拡大している。
撮影はなんとか出来そうだ。
純正なのに螺子が緩むとは、電気屋さんのビデオカメラはその程度のものか。

49 浄土寺
 右側の仁王様の目がえぐられてなくなっている。
昔、遍路が今のように盛んではなかったころ、寺が無住になってしまって博打場になっていた時代があった。
多分、博打に負けた者が「目が出ない」事に腹を立ててもっていってしまったのだという。

51 石手寺
衛門三郎の石というのが飾ってあった。
本当に本物?

笑っちゃう話
境内に丸い石が置いてあった。
真ん中に深い穴が掘ってあり、亀の子束子が置いてある。
束子で穴の周りをこすると痔の予防になるとか。
ほぼ全員がごしごし擦っていた。
ということは!!

今日の宿は道後温泉のホテル。
地ビールの店にも寄ってみた。
5/15    道後
54 延命寺
55 南光坊
56 泰山寺
58 仙遊寺
57 栄福寺
59 国分寺
61 香園寺
62 宝寿寺
63 吉祥寺
64 神前寺
60 横峰寺
   西条




京屋支店 今日も雨

61 香園寺は6億円の本堂
金箔の本尊が安置されている。
姪のためのお札を買う
線香の灰を水に溶かして呑むと子宝が授かったりする。
子供の為に求めたのに自分に子供が授かったとの報告があるとか。
少子化の今日政府で買い上げて、無料で配布する?

63 吉祥寺
成就石の穴に杖を通せば満願成就になるとか。
ところが、境内に自家用車が入り込んで通り抜けるので危なくって目隠しして穴に入れる事等出来やしない。
海水浴場に四輪厘駆動車が我が物顔で走り回っている状態。

60 横峰寺では、霧の坂道を下っていく。石楠花が幻想的で綺麗だった。
宿は京屋支店
あまごの刺身と濁り酒の接待があった。
88箇所の版画が素晴らしい。25枚までの限定刷りとか。
ここもair”hが繋がらない、携帯は繋がるようだ。
10 5/16    西条
65 三角寺
66 雲辺寺
67 大興寺
70 本山寺
68 神恵院
69 観音寺
71 弥谷寺
75 善通寺
73 出釈迦寺
72 曼荼羅寺
   善通寺町




門先屋 やっと、曇りから晴れになった。
66 雲辺寺へはロープウエイで登る。
五百羅漢の寄進を募集していたが、顔が中国で作成するせいか日本人離れしている。
ちょっといい加減すぎやしないか。
デザインは日本の彫刻家にさせるなどの工夫が欲しいのでは。
なんでも中国の直輸入でいつまごまかせると思っているのだろうか
それにしても、お経も漢文を棒読みすると言う借り物文化である。
らそろそろオリジナルな日本仏教のお経が必要なのでは。
中国は梵語を漢文にして、自分達の言葉で理解できるようにした。
中国が社会主義化した今となっては漢文による仏教文化の発展はありえないのではないか。
仏教が盛んになった国が悉く他国に侵略されて滅亡している。
仏教国で残っているのは日本ぐらいである。
どこかで侵略をゆるしてしまう思想が仏教の中にあるのだろうか。

日本だけが仏教の影響を受けながらもかろうじて国家として侵略されずに残っている。
(すでに侵略されてしまっているという人もいるが)
いずれにしても、日本の仏教者は梵語の日本語訳を作ると言う基礎的な努力を怠って来たことは確かであろう。

71 弥谷寺は、山の中の階段を500段以上登ったところにある。
ふうふう言って登った。
帰りの参道にあるお店のトコロテンがおいしかった。
階段で疲れた身には、甘酢のトコロテンは疲労回復にも役に立った。

日程を変更して、明日の予定の75 善通寺を集合写真を撮るために、先に打つ。

11 5/17    善通寺町
74 甲山寺
81 白峯寺
82 根香寺
80 国分寺
79 高照院
78 郷照寺
77 道隆寺
76 金倉寺

   金刀比羅宮参拝
   琴平




琴山閣 8寺を回って3時には琴平に
希望者で金毘羅宮へ
ガイドのおじさんの絶妙な案内で笑いのうちに784段を軽く登ってしまった。
人間の肉体と心の関係は不思議なものである。
逆立ちで登った人もいたらしい。
明日で結願の88箇所となる。
本日は、ホテルのサービスの歌謡ショーを楽しんだ。
12 5/18    琴平
83 一宮寺
84 屋島寺
85 八栗寺
86 志度寺
87 長尾寺
88 大窪寺
 2 極楽寺




極楽寺 とにかく結願
終わりよければすべて良し
13 5/19    極楽寺
   淡路島・津名港
   泉佐野港
   九度山昼食場所
   高野山奥の院参拝




龍泉院 お経の日本語化を言ったが極楽寺には、簡単な般若心経の日本語訳というか、解説書が寄進されていた。
中身を呼んだが何がなんだか余計わからない。
仏教会として、統一の和文の経文として使用できるレベルのものを作ってもらいたいのもである。
キリスト教や神道の場合は単純明快である。
「神光ありと言い給いければ、光ありき」と明快である。
神道の場合は「こうろこうろと混沌としたものをかき回したら、そのしずくから物質(地球)が出来た」とある。
仏教の場合はその辺が明確ではない。
あるとも、ないとも不明確である。
「いわくいいがたし、不立文字」では説明責任を果たしていないような気がする。
そろそろ明確に説明できる弘法大師に代わる覚者がでてきてもよさそうである。

フェリーで泉佐野港にわたり
高野町に世界でも珍しい境内に町がある。
個人の土地はない。すべて金剛峰寺の土地である。
地代は一坪年間700円という日本一安い
幼稚園から大学まで公共施設が備わっており、一生町の外に出ない生活も可能とか。

金剛峰寺の奥の院にお参りをする。
写真撮影禁止のため「奥の院」の写真撮影は出来なかった。
個人や法人の墓が一杯ある。
中には、「アポロ宇宙船」を模した金属製の墓もある。

その中で、建設業組合の殉難者の供養等が入り口の近くにある。
なんでも竹下登もと総理大臣の発案でたてられたとか。
金属製の灯篭が備えてあるが、おかしなことに錆びているように見える。
まさかお得意の手抜き工事?

不思議なことに肩こりが無くなっている。
奥の院にお参りしているときに、フーと肩が軽くなった。

高野槙(根付き)を土産に買う。
高野槙は仏花の代わりになるとのことである。
直ぐかれないで、何日も持つので墓前花には最適だという。
実際、高野山では生花の代わりにほとんどの墓の花立に挿してあった。
前から大きくなりすぎて困っていた屋敷内の銀杏の木を、専門の職人に切ってくれるように、出発前に手配をして出てきた。
その銀杏を無事切ったとの連絡が入っていたので、ゆくゆくはその場所に植える積もりだ。
(1年は鉢植えで養生させないといけないらしい。)

納経帳、白衣、お軸、御影をいただく。
お杖も、金襴のお杖袋に入れて明日の帰りを持つ。
すごくキラキラと輝いている。

龍泉院という寺の宿坊に泊まった。
高野高校?に通う高校生が宿坊の従業員というか、お接待をしてくれる。
寺の子息が修行に来ているとう。
このような純粋培養で、仏教の活力は維持出来るのであろうか。
聖職家としていわば完全人間で本当に人の悩みが理解できるのかどうか。
むしろ色々な人生の悩みを知り尽くした者こそが、人生の師となれるのではないだろうか。
「悪人なおもて救われる」という事もあるが、「悪人良く人を救う」なのではないかと思う。
「間違うことは学ぶことなり」
ここもAir”hが繋がらないので更新は明日になる。
14 5/20    高野山
   慈尊院
   粉河寺
   伊丹空港
   羽田空港
   太田バスターミナル




今日で最終日。
ところで、四国88箇所を巡拝する意味とは何なのだろうか。
私なりに考えたことを記しておく。

結論から言えば、「再生確認」の旅ではないだろうか。
般若心経に曰く「空即是色、色即是空」とあるが、その真髄は生き返るということである。

弘法大師が入寂し今も88箇所を回っていると言われているが。
その事を確認する旅なのである。

分かり易く言えば、88箇所の殆どの寺は、兵火にや失火によって消失している。
しかし、冬が来て春がくると木の芽が吹くように。
見事に再建されている。

再建する力はどこにあるかは目にはみえないけれども確実に存在するのである。
人間の死も、一旦は肉体がなくなるが、消滅しないでどこかに再生するのである。
そのことを確認する旅とでも言った方が良いのではないか。

巡拝して寺々を巡っているうちに、無意識のうちにそのことを悟るのではないだろうか。
無意識下で起きる、死の本当の意味が、再生の準備であることを自覚することによって、永遠に死なない命の自覚ができる時、今まで迷っていた心に歓喜が沸き起こる。
参加者の表情が明るくなるのである。

そんな気がする。
毎日あげている般若心経の功徳によってそうなるのかもしれない。

金剛峰寺も7度も火災に会っている。
見方によっては、火事になると言うことは、自分自身を安置する伽藍さえも守れないのが、何で人々を救うことが出来るのか。
神も仏も無いのであると言うように思える。
しかし、一旦消滅することによって人々の萎えた信仰心を呼び起こし、再建へと駆り立てるのである。
再生するためには一旦消滅しなければならないのである。
人間が失火したように見えているけれども、大きな力が働いているのではないか。
キリスト教でいうところの「神の栄光のあらわれんが為」なのではないだろうか。

巡拝中に「りそな銀行」に公的な資金の導入が決定したとのニュースをテレビでやっていたが。
日本経済の再生のためには、消滅すべきものはいたずらに延命するのでなく、一旦消滅させた方が再生は早いのではないかと思う。

政府は株の下落を防止するのに懸命であるが。
株の下落の真の原因は、政府が導入した空売り規制にあるのではないか。

上がりすぎた株を下げる機能を殺せば株は上がる一方になるかと言えば、そんなに単純ではない。
取引は、売りと買いが両方そろって取引である。
他の面では規制緩和と言いながら、日本の市場は規制でがんじがらめである。
たとえて言えば、世界の大部分の市場は「山高ければ谷深し、谷深ければ山高し」でベテラン向きである。
日本の市場はハイキングコースである。
こんながんじがらめの市場では、世界の投資家が投資する気にはならない。
それが、資金の逃避を呼び、株価の下落に繋がっているのではないだろうか。

(5月20日未明)

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