「教育改革国民会議」の最終報告全文(5−1)


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2000.12.23 産経新聞 東京朝刊 9頁 総合4面 (全3318字) 

 教育改革国民会議の最終報告全文は次の通り。

 はじめに

 教育改革国民会議は、内閣総理大臣のもと、平成十二年三月に発足し、このたび報告を取りまとめた。私たちは以下の十七の提案について、速やかにその実施のための取り組みがなされることを強く希望する。

 【人間性豊かな日本人を育成する】

 ▽教育の原点は家庭であることを自覚する

 ▽学校は道徳を教えることをためらわない

 ▽奉仕活動を全員が行うようにする

 ▽問題を起こす子どもへの教育をあいまいにしない

 ▽有害情報等から子どもを守る

 【一人ひとりの才能を伸ばし、創造性に富む人間を育成する】

 ▽一律主義を改め、個性を伸ばす教育システムを導入する

 ▽記憶力偏重を改め、大学入試を多様化する

 ▽リーダー養成のため、大学・大学院の教育・研究機能を強化する

 ▽大学にふさわしい学習を促すシステムを導入する

 ▽職業観、勤労観をはぐくむ教育を推進する

 【新しい時代に新しい学校づくりを】

 ▽教師の意欲や努力が報われ評価される体制をつくる

 ▽地域の信頼にこたえる学校づくりを進める

 ▽学校や教育委員会に組織マネジメントの発想を取り入れる

 ▽授業を子どもの立場に立った、わかりやすく効果的なものにする

 ▽新しいタイプの学校(“コミュニティー・スクール”等)の設置を促進する

 【教育振興基本計画と教育基本法】

 ▽教育施策の総合的推進のための教育振興基本計画を

 ▽新しい時代にふさわしい教育基本法を

 1 私たちの目指す教育改革

 (教育は人間社会の存立基盤)

 人間が人間である最大の特徴は、広い意味での教育を通じて成長することである。教育を通じ、先人が築いてきた知恵や文化を身に付けるとともに、新しい考え方や行動を編み出してゆく。また、教育によってそれぞれの才能を開花させ、一人の人間として自立するとともに、家族や社会の一員として、さらに国民、地球市民として、他の人を尊重し、誇りと責任を持って生きていくことを学ぶのである。教育の問題は、教育を受ける一人ひとりの人間が社会的自立を果たし、よりよき存在になるために重要であるにとどまらず、社会や国の将来を左右するものであり、教育こそ人間社会の存立基盤である。

 (危機にひんする日本の教育)

 日本人や日本社会は、これまで、その時代の中で教育の営みを大切にし、その充実に力を注いできた。明治政府発足時、第二次世界大戦の終戦時など、幾度かの大きな教育改革が行われてきた。そして、日本の教育は、経済発展の原動力となるなど、時代の要請にこたえるそれなりの成果を上げてきた。

 しかし、いまや二十一世紀の入り口に立つ私たちの現実を見るなら、日本の教育の荒廃は見過ごせないものがある。いじめ、不登校、校内暴力、学級崩壊、凶悪な青少年犯罪の続発など教育をめぐる現状は深刻であり、このままでは社会が立ちゆかなくなる危機にひんしている。

 日本人は、世界でも有数の、長期の平和と物質的豊かさを享受することができるようになった。その一方で、豊かな時代における教育の在り方が問われている。子どもはひ弱で欲望を抑えられず、子どもを育てるべき大人自身が、しっかりと地に足をつけて人生を見ることなく、利己的な価値観や単純な正義感に陥り、時には虚構と現実を区別できなくなっている。また、自分自身で考え創造する力、自分から率先する自発性と勇気、苦しみに耐える力、他人への思いやり、必要に応じて自制心を発揮する意思を失っている。

 また、人間社会に希望を持ちつつ、社会や人間には良い面と悪い面が同居するという事実を踏まえて、それぞれが状況を判断し適切に行動するというバランス感覚を失っている。

 (大きく変化する社会の中での教育システム)

 二十一世紀は、情報技術(IT)や生命科学など、科学技術がかつてない速度で進化し、世界の人々が直接つながり、情報が瞬時に共有され、経済のグローバル化が進展する時代である。世界規模で社会の構成と様相が大きく変化し、既存の組織や秩序体制では対応できない複雑さが出現している。個々の人間の持つ可能性が増大するとともに、人の弱さや利己心が増大され、人間社会の脆弱(ぜいじゃく)性もまた増幅されようとしている。従来の教育システムは、このような時代の流れに取り残されつつある。

 校長や教職員、教育行政機関の職員など関係者の意識の中で、戦前の中央集権的な教育行政の伝統が払しょくされていない面がある。関係者間のもたれ合いと責任逃れの体質が残存する。また、これまで、教育の世界にイデオロギーの対立が持ち込まれ、教育者としての誇りを自らおとしめる言動がみられた。力を合わせて教育に取り組むべき教育行政機関と教員との間の不幸な対立が長らく続き、そのことで教育に対する国民の信頼を大きく損なってきた。教育関係者は、それぞれの立場で自らの在り方を厳しく問うことが必要である。

 (これからの教育を考える視点)

 私たちは、このような現状を改革し、日本と世界の未来を担う次世代の教育をよりよきものにするために、次の三つの視点が重要であると考える。

 第一は、子どもの社会性をはぐくみ、自立を促し、人間性豊かな日本人を育成する教育を実現するという視点である。

 自分自身を律し、他人を思いやり、自然を愛し、個人の力を超えたものに対する畏敬(いけい)の念を持ち、伝統文化や社会規範を尊重し、郷土や国を愛する心や態度を育てるとともに、社会生活に必要な基本的な知識や教養を身に付ける教育は、あらゆる教育の基礎に位置付けられなければならない。このような当たり前の教育の基本をおろそかにしてきたことが、今日の日本の教育の危機の根底にある。家庭や学校はもとより、社会全体がこの教育の基本の実現に向けて共通理解を図り、取り組む必要がある。

 子どもの行動や意識の形成に最も大きな責任を負うのは親である。家庭は、命を大切にすること、単純な善悪をわきまえること、我慢すること、あいさつができること、団体行動に従えることなど、基礎的訓練を行う場である。また、成長に応じて子ども自身の責任も重くなる。

 しかし、子どもや親が孤立していたのでは、教育は十分に効力を発揮し得ない。親自身の教育が問題という場合も少なくない。また、核家族化、都市化などにより家庭の様相が大きく変ぼうしている。このため、親だけには任せず、社会の英知を集め、家庭と教育機関と地域社会がそれぞれの使命、役割を認識し、連携して支援をすべきである。なぜなら子どもは、それぞれの家庭の子どもであると同時に、人類共通の希望だからである。

 第二は、一人ひとりの持って生まれた才能を伸ばすとともに、それぞれの分野で創造性に富んだリーダーを育てる教育システムを実現するという視点である。

 教育の大切な役割は、一人ひとりの持って生まれた才能を引き出し、それを最大限に発揮させることにある。人は皆、他人と違って生まれてくる。植物には、湿度の高い場所を好むもの、酸性土壌を好むもの、肥沃(ひよく)な土壌でないと育たないもの、直射日光を嫌うものなど実にさまざまなものがある。そうした特性に応じた育て方が必要である。このことは私たち人間も同様である。

 戦後教育は、「他人と違うこと」「突出すること」を良しとしなかった。戦後の教育で大事にされた平等主義は、たえず一律主義、画一主義に陥る危険性をはらんでいた。同時に、他人と同じことを良しとする風潮は、新しい価値を創造し、社会をけん引するリーダーの輩出を妨げる傾向すら生んできた。時代が大きく変わりつつある今日、日本の教育の場を、一人ひとりの資質や才能を引き出し、独創性、創造性に富んだ人間を育てることができるようなシステムに変えていくことが必要である。

 初等教育から高等教育を通じて、必ずしも早く進学し卒業することを良しとするわけではなく、一人ひとりがそれぞれのやり方、生き方に合った教育を選択でき、かつやり直しがきく教育システムの構築が必要である。また、社会が求めるリーダーを育てるとともに、リーダーを認め、支える社会を実現しなければならない。
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