教科書検定/外務省出身委員を排除


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教科書検定審議会 野田元大使外れる 検定介入の「窓口」失う
2001.01.13 産経新聞 東京朝刊 1頁 総合1面 (全669字)

 
 野田英二郎元駐インド大使が、今年三月の教科書検定合否発表を前に、教科用図書検定調査審議会委員から外れたことで、特定教科書を不合格にしようとする動きに一応の幕が引かれた。今後、検定審委員に再び外務省OBが選ばれるかどうかは不明だが、文部科学省は、教科書検定問題で一定のけじめをつけたといえる。

 文部科学省としては、省庁再編による審議会改編のタイミングに合わせたことで、野田氏の出身官庁である外務省との余分な摩擦も回避した形だ。とはいえ、検定審に外務省出身者はゼロとなったことで、外務省は当面、検定に介入する直接の「窓口」を失った。

 外務省が検定に口をはさむのには、前例がある。

 昭和六十一年、中国や韓国が高校歴史教科書「新編日本史」を批判、当時の中曽根康弘首相が後藤田正晴官房長官に対応を指示した。外務省が圧力をかけた結果、「新編日本史」は検定合格後に四回も再修正をさせられたことがあった。

 この事件をきっかけに、同年夏から検定審の歴史担当委員などに「国際政治と国際関係に明るい」とされる外務省OB二人が新たに加わったが、事情に詳しい検定審OBは、「彼らは同じ教科書に対して同じ意見を述べていた」と証言する。当初から「外交的配慮」を強調していたともいえる。

 今回のケースは、退任した野田氏が特定教科書を不合格にするよう各委員に手紙や電話で積極的に多数派工作をしたため、表面化した。この教科書をめぐっては「外務省が首相官邸を通じてさらに文部科学省に圧力をかけている」(文部科学省関係者)ともいわれ、今後の展開は予断を許さない。(阿比留瑠比)





教科書検定審議会 野田元大使外れる 他の1人も 外務OB姿消す


2001.01.13 産経新聞 東京朝刊 1頁 総合1面 (全931字)

 
 平成十四年度版の中学歴史教科書検定をめぐり、特定の教科書を不合格にするよう多数派工作を行っていた野田英二郎元駐インド大使が、文部科学省の教科用図書検定調査審議会の委員から外れたことが十二日、分かった。六日の中央省庁再編に伴い、五日に各省庁の審議会委員全員がいったん任期満了となった際、再任されなかったもの。また、もう一人の元外交官出身の検定審委員(公民担当)だった中平立元駐カナダ大使も再任されなかったことから、正委員・臨時委員あわせて百十九人の検定審委員中、外務省出身者はいなくなった。

 野田氏は平成十二年二月、元外交官だった前任者の推薦で検定審委員(歴史担当)となった。

 同年十月、「新しい歴史教科書をつくる会」(西尾幹二会長)のメンバーが執筆者に含まれる歴史教科書を不合格にするよう電話や手紙で他の委員に働きかけていたことが発覚。文部省(当時)は「審議の公正さを損ないかねない言動があった」として、「検定調査分科会」から「価格分科会」へと配置換えする形で事実上、更迭し、その後は会合に出席していなかった。

 文部科学省教科書課によると、省庁再編に伴う審議会改編のため、検定審の三分科会中、「検定調査」を除く「図書」と「価格」両分科会が廃止され、両分科会所属の六委員が再任されなかった。また、新たに「七十歳以上の高齢者は選任しない」という申し合わせを行ったため、七十一歳の中平氏も再任されなかった。ただ、七十歳を超えた委員でもポストによっては再任されたケースもあり、改編を機に外務省出身者を外す意図があったものとみられる。

 検定審には、昭和三十六年以降、外務省出身の委員選出が継続しており、事実上の“外務省枠”があった。当初は政治経済(公民)担当一人だったが、六十一年、高校歴史教科書「新編日本史」が中国、韓国などの批判で検定合格後に異例の再修正をさせられた「検定外圧事件」が起きた年に、当時の首相官邸の意向で歴史担当委員などに二人加わり三人になった。

 外務省OBは平成九年六月に一人減って二人となっていたが、今回の措置でゼロとなった。再び元外交官を委員に選出する可能性について文部科学省では「今後も適任者、部会に必要な人を選んでいく」とするにとどめている。






【正論】東京大学教授 藤岡信勝 「教科書検定制度廃止論」の本末転倒


2001.01.13 産経新聞 東京朝刊 7頁 オピニオン 写有 (全2093字)

 
 ◆近づく日本政治の試練

 「新しい歴史教科書をつくる会」が提起し、扶桑社が昨年四月に検定申請した中学校歴史教科書は、十二月に示された文部省の検定意見を受けて出版社側が修正作業を行い、まもなく文部科学省に提出される。検定はこうした正規の手続きを経て進行しており、いよいよ合格決定がなされるまでの最終段階に入る。この間、この教科書を門前払いで不合格にする外務官僚グループの陰謀が昨年十月に発覚し、挫折した。その後も中国の意を受けた外務省筋から執拗(しつよう)に不合格工作が仕掛けられていることが伝えられている。

 日本の子どもたちが、近代における戦争はすべて日本の責任であり、中国は一方的な被害者で、日本は野蛮な侵略者・犯罪者であったから、中国に対し永久に謝罪し資金援助をし続けなければならない、という「自虐史観」を学校の歴史教科書を通して注入され続けることは、中国の国益の根幹である。だから必ず中国は日本の歴史教科書が改善されるのを阻止するために内政干渉してくるだろう。

 これにどう対処するか、最終的には政治家の決断にかかっている。今日の無残な歴史教科書が出現したのは、一九八〇年代に政権の座にあった自民党の政治家たちが中国の不当な要求に屈服したからである。いまや日本国内の世論状況は大きく変わった。今後政権の中枢にある政治家たちが再び中国の圧力に屈服し、文部科学省が積み上げてきた正規の手続きに反する不当な政治的介入をすれば、直ちに森内閣の命運にかかわるだろう。一人ひとりの政治家の言動が注目される。これは、日本がまともな国になるために日本の政治が必ず通過しなければならない試練である。

 ◆保守陣営の「検定廃止論」

 ところが、ここにきて、右の「試練」を別の手段で回避できるかのような議論が現れた。昨年十二月二十八日付の産経新聞「正論」欄に掲載された「教科書検定制度は廃止した方がいい」と題する論説の中で勝田吉太郎氏は次のように書いている。

 《私は、かねて教科書の文部省検定制を廃止した方がよいと考え、例の教育改革国民会議でもそう説いてきた。もし検定を全廃し、教科書の自由発行と自由採択制に改変するなら、中国や韓国による内政干渉さながらの教科書批判や介入はその根拠を失うはずだと思うからだ。/政府の検定制が存続すればこそ、政府の出した「近隣諸国条項」に拘束され、文部省のみか外務省アジア局の一課まで教科書記述に目を光らせ、右往左往するといった情けない有様となるのではないか。》

 しかし、検定制度がよいか自由発行・自由採択制度がよいかは、本来、どちらが教科書の質を保障し、日本の教育の水準を維持できるかという比較秤量(ひょうりょう)にもとづいて論じられるべきである。外国の内政干渉を排除するために日本の教科書制度の根幹を改変しようとするのは、本末転倒の議論である。以下、三点にわたって問題点を指摘したい。

 ◆「検定廃止論」の誤謬(ごびゅう)

 第一に、検定制度がある限り中国の内政干渉を防ぐ手だてがないと考えるのは、間違った敗北主義である。日本の政治家は、中国が教科書への内政干渉をするならば、対中経済援助を停止すると言えばよい。国民はこれを支持するだろう。中国政府系の英字紙チャイナ・デーリーは、昨年十一月二十九日付で、中国の学者の声として、「日本が中国への経済援助によって歴史の改ざんを中国に受け入れさせることができると考えるならば大間違いだ」と書いた。この記事は、対中ODA(政府開発援助)削減問題と歴史教科書への内政干渉問題がリンクするのを中国側が最も恐れていることの表れである。

 第二に、「近隣諸国条項」についても根本的な誤解がある。教科書の内容の大綱を定めているのは学習指導要領であり、「近隣諸国条項」は書かれた教科書を検定する際の基準の一つにすぎない。だから、文部科学省といえども、「近隣諸国条項」を振り回して教科書の著者に、もともと書かれていないことを書かせる権限は有していないのだ。

 この点、中韓両国のみならず、これを批判する保守派言論人にも誤解している人がいる。自虐史観教科書の書き手は、かつて社会主義国を祖国と見なしていた日本国内の勢力である。「近隣諸国条項」は彼らの口実に使われ、文部科学省の検定の手を縛っているという関係にある。だから、「近隣諸国条項」はもちろん廃止すべきだが、この条項が存在しても、制度上、自虐的でない教科書でも合格させざるを得ない仕組みになっているのである。これを中韓両国にも説明すればよい。

 第三に、自由発行・自由採択制にすれば自虐的な教科書が使われなくなるだろうと考えるのは、教育界の実情に合致しない。むしろ結果はまったく逆になるだろう。「家永教科書裁判」支援グループが、三十二年間の運動でついに果たせなかったのが、「教科書検定制度違憲判決」、すなわち、検定制度の廃止という目標だった。彼らの野望の実現に保守陣営が手を貸すのは、状況認識を欠いた錯誤である。検定制度の維持とその適切な運用こそ、私たちが進むべき正道である。

 (ふじおか のぶかつ)





【背景 検証】教科書不合格工作 野田氏はなぜ検定委員に選ばれたか


2001.01.12 産経新聞 東京朝刊 3頁 総合3面 写有 (全2729字) 



 文部科学省の教科用図書検定調査審議会委員の野田英二郎元駐インド大使が、平成十四年度版の中学歴史教科書検定に関連して、特定教科書を不合格にするよう多数派工作していたことが明るみに出たが、問題は「日米安保破棄論」などを展開している野田氏がなぜ検定審委員に選ばれたのか。背景を検証してみた。

 (阿比留瑠比)

 ◆「外務省枠」が存在

 ■反米主義

 野田氏は雑誌や左翼団体の機関紙、集会などで「日米安保破棄論」を展開している。雑誌「世界」の平成九年一月号で「日米安保条約を『終了』させ、米軍基地をすべて撤去する」と述べているほか、同年四月十五日付の「労働新聞」でも「日本全体からしても本当に日米安保を維持することに利益があるかどうか問題である」としている。

 この労働新聞は、マルクス・レーニン主義を指導思想とした日本労働党が発行する機関紙で、野田氏は「新春メッセージ」などを寄せている。

 また、労働新聞などによると、野田氏は同年十月の「ちょっと待ってんか 新ガイドライン 大阪府民の集い」(大阪市)などで、新たな「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」に反対を表明。十一月には横浜市で開かれた講演会で、「(日米安保条約は)冷戦時代の遺物である二国間条約」と述べた。

 ■日本の姿勢批判

 野田氏の主張は「反米」ばかりではない。

 平成十年十月、槇枝元文元日教組委員長らが主催したシンポジウムで野田氏は「(日本政府は)北朝鮮の人工衛星打ち上げにも過剰反応した。相手の国情に対する理解がないと、感情論だけになってしまう」と発言し、北朝鮮によるテポドン・ミサイル発射に抗議した日本の姿勢を批判。北朝鮮による日本人拉致(らち)問題でも、左派系文化人らでつくる「自主・平和・民主のための広範な国民連合」発行の雑誌「日本の進路」(十二年十月号)で、「(日本政府は)北朝鮮に対して拉致疑惑を強調しすぎています。拉致疑惑を正常化交渉の前提にするという態度はあまりにもバランスが取れません」と述べている。

 対中関係では、外務省研修所長時代の昭和六十一年に、「(中国などでは)南京大虐殺など多くの残虐行為について学校教育が続けられている。(中略)わが国において、青少年に対して適切な歴史教育が施される必要がある」と職員向けに訓話した。さらに、尖閣諸島問題について「『棚上げ』の原点に戻るよう切望したい」(世界九年一月号)と書いている。

 ■外務省なぜ推薦?

 安保破棄論者の野田氏が、なぜ文部科学相の諮問機関である検定審委員に選ばれたのだろうか。

 外務省は「委員の選定は文部省で決めている」(佐藤重和アジア局参事官)としているが、野田氏自身、「前任者(元外交官)の推薦を受けた」と証言する。 文部科学省も「外務省の枠があるわけではなく、有識者にお願いしている」(教科書課)と説明するが、それでは、労働新聞などで公にしている野田氏の主張を承知の上で任命したことになる。

 実際には昭和三十六年から外交官出身の委員選出が継続しており、事実上の「外務省枠」が存在する。

 当初は政治経済(公民)担当に一人だけだったが、六十一年八月から歴史担当委員などに二人加わり、三人に増えた。

 この年は、高校歴史教科書「新編日本史」が中国、韓国などの批判を受け、外務省の圧力で検定合格後に異例の再修正をさせられた事件が起きた年であり、文部科学省幹部によると、当時の首相官邸の意向で、国際政治と国際関係に明るい外交官出身委員を補充したという。

 外務省OBは、平成九年六月に一人減り、野田氏を含め二人となったが、検定審委員に、「推薦枠」を持つ中央省庁は外務省だけ。自民党の「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」代表の中川昭一元農水相は、「委員に経済などいろんな専門家が必要なら、各省庁からそうした人が検定審に入るべきなのに、外務省OBだけが二人いること自体、公平さを欠く」と指摘している。

                ◇

 《野田氏の発言(抜粋)》

 雑誌「世界」平成九年一月号の論文

 「日米安保条約を『終了』させ、米軍基地をすべて撤去することとし、米国との間には友好協力・相互信頼の原則を謳(うた)う新たな基本的条約を締結することを検討すべきではあるまいか」

 「冷戦の産物である日米安保体制を、わが国が今後とも従来同様に維持する必要の有無を検討してよい段階がきている」

 「日米安保が金科玉条の聖域となり、あたかも憲法より上位にあるかのごとき現状のままで推移すれば、わが国は、アジアの中で最も不透明な国と目される惧(おそ)れがある」

 九年四月十五日付「労働新聞」インタビュー

 「日米安保によって日米は、同盟関係にあるというが、基地周辺の住民の同意が得られないという基本的な矛盾があり、日本全体からしても本当に日米安保を維持することに利益があるかどうか問題である」

 十年六月十五日付「労働新聞」インタビュー

 「日米安保条約は、冷戦終結でその歴史的使命を終えた条約だ。歴史的使命を終えた条約を、主として米国の世界戦略の要請によって存続させ、強化しようとしているとみてよい」

 十一年九月十五日付「労働新聞」インタビュー 「二国間の軍事同盟は、仮想敵国が当然想定されている。旧ソ連が崩壊した今、日本はどこに仮想敵国があるというのか。二国間の安保条約でなく、集団的安全保障を考えないといけない」

 雑誌「日本の進路」十二年十月号

 「日米安保がある限り、沖縄をはじめ米軍基地はなくなりません。日米安保が憲法より上位にあるというのが現状です。いま憲法論議が流行になっていますが、一番の問題は憲法ではなく日米安保にあります。アジアでも冷戦が完全に解消し始めているという現実の情勢があるにもかかわらず、ほとんどの政党が日米安保に異議を唱えないのは不思議です。日米安保条約を終了させて、日米友好条約におきかえればいいのです。日本が自主的に外交を展開し、アジアの中で信頼される国になる上で、日米安保は障害になっています」

                ◇

 野田英二郎(のだ・えいじろう)氏の略歴 昭和二年三月、東京生まれ。東大法学部卒。二十三年外務省入省。北東アジア課長、内閣調査室次長、香港総領事、ベトナム大使、ペルー大使、外務省研修所長、インド大使を歴任した。現在、日中友好会館副会長(会長は後藤田正晴元官房長官)。著書に「海外からみた日本」(露満堂)など。平成九年、春の叙勲で「勲二等旭日重光章」を受章した。十二年二月、教科用図書検定調査審議会委員に就任したが、同年十月、「検定調査分科会」から「価格分科会」に配置換えとなった。七十三歳。


 外交官が友好を深めるのは当然のことだが、相手に呑まれてしまっては何にもならない。
自己のアイデンテテイをきちんと持つことが大切である。
 日Pも「日中友好少年少女の翼」で中国との友好を図っているが、その辺をしっかり押さえてやっていただきたいと思う。


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